・・・云わば私の前後左右には、神秘と両立し難い一切の条件が、備っていたとでも申しましょうか。そうして私は実に、そう云う外界の中に、突然この存在以外の存在を、目前に見たのでございます。私の錯愕は、そのために、一層驚くべきものになりました。私の恐怖は・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴が馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉いた。「僕は違うねエ!」と近藤は叫んだ、そして煖炉を後に椅子へ馬乗にな・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・たれか愛と永久の別れと両立せしめ得るものぞ。千年万年億々年の別れを悲しまず、実に永久の別れを悲しむ。否、われは永久の別れを信ぜざるなり。愛の命はこの信仰のみ、われらが恋の望みは実にここにあり。否、君のみにあらず、われは一目見しかの旗亭の娘の・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・人格に規定される故に自由であるという自由と責任の観念とは両立し得ない。しかしそれかといって、外部からも、人格からも、規定されないで、意志を決定するという意味の自由は事実上存在しない。しからば自由の意識そのものは不可解のものになる。リップスも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・原則としては、理想的社会においては、普通の婦人は、自然が課したる母性としての特別任務をまず果して、それと両立し、少なくとも協定し得る限りにおいて、職業戦線に進出すべきものではあるまいか。 今日の社会では実に婦人は保護されていない。婦人と・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 日本では、土壁の外側に羽目板を張ったくらいが防寒防暑と湿度調節とを両立させるという点から見てもほぼ適度な妥協点をねらったものではないかという気がする。 台湾のある地方では鉄筋コンクリート造りの鉄筋がすっかり腐蝕して始末に困っている・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 七 A is B, A is not B. この二つの命題は両立しうる。なんとなればそれぞれの終わりに if C is D, if C is E. という文句が抜けているのが普通である。われわれはこの事を忘れて果てのな・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・ただ僅かに倫理と芸術と両立せないで、どちらかを捨てねばならぬ場合がないではありません。例えば私がこの机を推している、何時しかこの机と共に落ちたとします。この落ちたという事実に対して、諸君は必ず笑われるに違いない。しかし倫理的に申したならば、・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・上下挙って奔走に衣食するようになれば経世利民仁義慈悲の念は次第に自家活計の工夫と両立しがたくなる。よしその局に当る人があっても単に職業として義務心から公共のために画策遂行するに過ぎなくなる。しかのみならず日露戦争も無事に済んで日本も当分はま・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・そこでニイチェを理解するためには、読者に二つの両立した資格が要求される。「詩人」であつて、同時に「哲学者」であることである。純粋の理論家には、もちろんニイチェは解らない。だが日本で普通に言はれてるやうな範疇の詩人にも、また勿論ニイチェは理解・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫