・・・「しかも脚は腐っています。両脚とも腿から腐っています。」 半三郎はもう一度びっくりした。彼等の問答に従えば、第一に彼は死んでいる。第二に死後三日も経ている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦げたことのあるはずはない。現に彼の脚はこの通・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・(魚断、菜断、穀断と、茶断、塩断……こうなりゃ鯱立 と、主人が、どたりと寝て、両脚を大の字に開くと、(あああ、待ちたまえ、逆になった方が、いくらか空腹さが凌 と政治狂が、柱へ、うんと搦んで、尻を立てた。 と、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・それが、見世ものの踊を済まして、寝しなに町の湯へ入る時は、風呂の縁へ両手を掛けて、横に両脚でドブンと浸る。そして湯の中でぶくぶくと泳ぐと聞いた。 そう言えば湯屋はまだある。けれども、以前見覚えた、両眼真黄色な絵具の光る、巨大な蜈むかでが・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・媼が、女の両脚を餅のように下へ引くとな、腹が、ふわりと動いて胴がしんなりと伸び申したなす。「観音様の前だ、旦那、許さっせえ。」 御廚子の菩薩は、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。 ――茫然として、銑吉は聞いていた―― 血は、と・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・触れば益々痛むのだが、その痛さが齲歯が痛むように間断なくキリキリと腹をむしられるようで、耳鳴がする、頭が重い。両脚に負傷したことはこれで朧気ながら分ったが、さて合点の行かぬは、何故此儘にして置いたろう? 豈然とは思うが、もしヒョッと味方敗北・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私の脛へひやりととまったり、両脚を挙げて腋の下を掻くような模ねをしたり手を摩りあわせたり、かと思うと弱よわしく飛び立っては絡み合ったりするのである。そうした彼らを見ていると彼らがどんなに日光を恰しんでいるかが憐れなほど理解される。とにかく彼・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・というは粗末な日本机の両脚の下に続台をした品物で、椅子とは足続ぎの下に箱を置いただけのこと。けれども正作はまじめでこの工夫をしたので、学校の先生が日本流の机は衛生に悪いといった言葉をなるほどと感心してすぐこれだけのことを実行したのである。そ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 暫らくして、両脚を踏ンばって、剣を引きぬくと、それは、くの字形に曲っていた。 その曲ったあとがなかなかもとの通りになおらなかった。殺人をした証拠のようにいつまでも残っていた。「これからだって、この剣にかかってやられる人間がいく・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その手前には、モンペイをはき、髪をくる/\巻きにした女達が掘りおこされた鉱石を合品で、片口へかきこみ、両脚を踏ンばって、鉱車へ投げこんでいた。乳のあたり、腰から太股のあたりが、カンテラの魔のような仄かな光に揺れて闇の中に浮び上っている。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 源三の方は道を歩いて来たためにちと脚が草臥ているからか、腰を掛けるには少し高過ぎる椽の上へ無理に腰を載せて、それがために地に届かない両脚をぶらぶらと動かしながら、ちょうどその下の日当りに寐ている大な白犬の頭を、ちょっと踏んで軽く蹴るよ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫