・・・ おれは中有に迷っていても、妻の返事を思い出すごとに、嗔恚に燃えなかったためしはない。妻は確かにこう云った、――「ではどこへでもつれて行って下さい。」 妻の罪はそれだけではない。それだけならばこの闇の中に、いまほどおれも苦しみはしまい。・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・厭でも中有につられて不安状態におらねばならぬ。 しかしながら牛の後足に水がついてる眼前の事実は、もはや何を考えてる余地を与えない。自分はそれに促されて、明日の事は明日になってからとして、ともかくも今夜一夜を凌ぐ画策を定めた。 自分は・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・こういう連中は全く盲人というでもなく、さればといって高慢税を進んで沢山納め奉るほどの金も意気もないので、得て中有に迷った亡者のようになる。ところが書画骨董に心を寄せたり手を出したりする者の大多数はこの連中で、仕方がないからこの連中の内で聡明・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・堤下摘芳草 荊与棘塞路荊棘何無情 裂裙且傷股渓流石点々 蹈石撮香芹多謝水上石 教儂不沾裙一軒の茶店の柳老にけり茶店の老婆子儂を見て慇懃に無恙を賀し且儂が春衣を美む店中有二客 能解江南語酒銭擲三緡 ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫