・・・ 小浅間への登りは思いのほか楽ではあったが、それでも中腹までひといきに登ったら呼吸が苦しくなり、妙に下腹が引きつって、おまけに前頭部が時々ずきずき痛むような気がしたので、しばらく道ばたに腰をおろして休息した。そうしてかくしのキャラメルを・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・左の岡の中腹に妙な記念碑のようなものがいくつも立っているのが、どういう意味だか分らない。分らないが非常に変な気持を与えるものである。 暑くなったから門内の池の傍のベンチで休んだ。ベンチに大きな天保銭の形がくっつけてある。これはいわゆる天・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・山々の中腹以下は黄色に代赭をくま取った雲霧に隠れて見えない。すべてが岩絵の具でかいた絵のように明るく美しい色彩をしている。もちろん土佐の山々だろうと思って、子供の時から見慣れたあの峰この峰を認識しようとするが、どうも様子がちがってそれらしい・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。 店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・毎朝役所へ出勤する前、崖の中腹に的を置いて古井戸の柳を脊にして、凉しい夏の朝風に弓弦を鳴すを例としたが間もなく秋が来て、朝寒の或日、片肌脱の父は弓を手にした儘、あわただしく崖の小道を馳上って来て、皺枯れた大声に、「田崎々々! 庭に狐が居・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 病院は町はずれの小高い岡の中腹に建てられていたので、病室の窓からも寝ながらにして、曇った日にも伊豆の山影を望み、晴れた日には大嶋の烟をも見ることができた。庭つづきになった後方の丘陵は、一面の蜜柑畠で、その先の山地に茂った松林や、竹藪の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・り、この意味において乗るべく命ぜられたる余は、疾風のごとくに坂の上から転がり出す、すると不思議やな左の方の屋敷の内から拍手して吾が自転行を壮にしたいたずらものがある、妙だなと思う間もなく車はすでに坂の中腹へかかる、今度は大変な物に出逢った、・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ブドリたちは、天幕の外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。野原には、白百合がいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。 にわかにサンムトリの左のすそがぐらぐらっとゆれ、まっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとま・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・蒔絵のある建物が裏山の中腹にあって、下から登龍の階と云うのを渡って行くようになっていた。遠洲の案とかで、登ってゆくときには龍の白い腹だけ、降りには龍の背を黒く踏んで来るように、階段の角度が工夫してあるのであった。 満足もしない心持で寺を・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・山々の中腹に白く靄がたなびいて雨中山景です。 ソバは変にニチャニチャして、ちっともおいしくありませんでした。手打ちソバなどたべさせぬひどいもの也。 十月十二日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 長野県上林温泉より〕 十月十二日 第・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫