・・・そうしてその二枚が必ずしも茎の上端とか下端でなく、中途の高さにあるのは全く不可思議である。そうしていっそうおもしろいのはこの草の花である。地上からまっすぐに三尺ぐらいの高さに延び立ったただ一本の茎の回りに、柳のような葉が輪生し、その頂上に、・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・長野は演説するとき、かならず菜ッ葉服を着るが、そのときは興ざめたように、中途でかえってしまった。前座には深水と高坂がしゃべった。浪花ぶし語りみたい仙台平の袴をつけた深水の演説のつぎに、チョッキの胸に金ぐさりをからませた高坂が演壇にでて、永井・・・ 徳永直 「白い道」
・・・一たび伝統の外に出たいと願ったこともあったが、中途にしてその不可能であることを知った。わたくしをして過去の感化を一掃することの不可能たるを悟らしめたものは、学理ではなくして、風土気候の力と過去の芸術との二ツであった。この経験については既に小・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ わたしは筆を中途に捨てたわが長編小説中のモデルを、しばしば帝国劇場に演ぜられた西洋オペラまたはコンセールの聴衆の中に索めようと力めた。また有楽座に開演せられる翻訳劇の観客に対しては特に精細なる注意をなした。わたしは漸くにして現代の婦人・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 夢の話しはつい中途で流れた。三人は思い思いに臥床に入る。 三十分の後彼らは美くしき多くの人の……と云う句も忘れた。ククーと云う声も忘れた。蜜を含んで針を吹く隣りの合奏も忘れた、蟻の灰吹を攀じ上った事も、蓮の葉に下りた蜘蛛の事も忘れ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・彼はむしろ懸崖の中途が陥落して草原の上に伏しかかったような容貌であった。細君は上出来の辣韮のように見受けらるる。今余の案内をしている婆さんはあんぱんのごとく丸るい。余が婆さんの顔を見てなるほど丸いなと思うとき婆さんはまた何年何月何日を誦し出・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ されば今、日本国中に小学の生徒は必ず中途にて廃学すること多き者と認めざるをえず。すでに廃学に決してとどむべからざる者なれば、たとい廃学するも、その廃学の日までに学び得たることをもって、なおその者の生涯の利益となすべき工夫なかるべからず・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・その中途から頼まれてのせてやった娘とそう話すのである。 我々の列車もモスクワを出て九日目。ハバロフスクの手前を走っている。 ある小さい駅を通過した時、女がにない棒の両端へ木の桶をつって、水汲みに来たのを見た。駅の横手の広っぱに井戸が・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・という題の三冊目はまだ読んでいないから、私の内でアンネットの人格は全く発展の中途にあるのです。 大体、外国の本当に偉い作家たちはよく女性を描いているので感心します。トルストイも実に生きた女を描いたし、このロマン・ローランもジャン・クリス・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ この時突然お松の立っている処と、上がり口との中途あたりで、「お松さん、待って頂戴、一しょに行くから」と叫ぶように云った女中がある。 そう云う声と共に、むっくり島田髷を擡げたのは、新参のお花と云う、色の白い、髪のちぢれた、おかめのよ・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫