・・・ 紙屋だったと云う田口一等卒は、同じ中隊から選抜された、これは大工だったと云う、堀尾一等卒に話しかけた。「みんなこっちへ敬礼しているぜ。」 堀尾一等卒は振り返った。なるほどそう云われて見ると、黒々と盛り上った高地の上には、聯隊長・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・僕のではない、他の中隊の一卒で、からだは、大けかったけど、智慧がまわりかねた奴であったさかい、いつも人に馬鹿にされとったんが『伏せ』の命令で発砲した時、急に飛び起きて片足立ちになり、『あ、やられた! もう、死ぬ! 死ぬ!』て泣き出し、またば・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・小隊長というのは彼等三人の中隊長であった人の遺児であるからそう名づけたのであろう。父中隊長の戦死後その少年が天涯孤独になったのを三人が引き取って共同で育てているのだ。 三人は毎朝里村千代という若い娘が馭者をしている乗合馬車に乗って町の会・・・ 織田作之助 「電報」
・・・第一中隊のシードロフという未だ生若い兵が此方の戦線へ紛込でいるから如何してだろう?と忙しい中で閃と其様な事を疑って見たものだ。スルト其奴が矢庭にペタリ尻餠を搗いて、狼狽た眼を円くして、ウッとおれの面を看た其口から血が滴々々……いや眼に見える・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ そこには、中隊で食い残した麦飯が入っていた。パンの切れが放りこまれてあった。その上から、味噌汁の残りをぶちかけてあった。 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をか・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
一 豚 毛の黒い豚の群が、ゴミの溜った沼地を剛い鼻の先で掘りかえしていた。 浜田たちの中隊は、昂鉄道の沿線から、約一里半距った支那部落に屯していた。十一月の初めである。奉天を出発した時は、まだ、満洲の平原に青い草が見えていた・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 三 橇は中隊の前へ乗りつけられた。馬が嘶きあい、背でリンリン鈴が鳴った。 各中隊は出動準備に忙殺されていた。しかし、大隊の炊事場では、準備にかえろうともせず、四五人の兵卒が、自分の思うままのことを話しあって・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発した。四線で南に着き、それからなお二百キロ北方に進んだ。 兵士達は、執拗な虱の繁殖になやまされだした。「ロシヤが馬占山の尻押しをしとるというのは本当かな?」もう二十日も風呂に這・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ それを知っている青年達は中隊の班内で寝台を並べてねる同年兵たちに、そのことを噛みくだいて分るように語らねばならぬ、武器の使用方法を習って、その武器を誰れに対して用いるか、そのことについてほかの分かっていない同年兵たちに語らねばならぬ。そし・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・それから、私がこちらの中隊へ来ることを、親爺に云うひまがなかった。各中隊へ分れて行く者の群が雑沓していた。送って来た者は、どちらにいるか、私は左右を振りかえってよく見たのだが、親爺は見つからなかった。それが、私が着物を纒めて中隊の前へ出て行・・・ 黒島伝治 「入営前後」
出典:青空文庫