・・・一体に秋の中頃の黄色っぽい日差しで四方には何の声もしない。幕が上ると中央から少し下手によった所に置いてある腰掛にたった一人第一の女が何をするともなしにつたの赤く光るのを見て居る。かなり富んだらしい顔つきをして大変に目の大きい女。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・「だってまだ七月の今日十六日ですもん九月の中頃でなくっちゃあ帰りゃあしないんだもの……。若しあんまり二人で別れんのがつらかったら京都の娘になっちまいましょう、ネ、そうすりゃあいいんだもの下らない事考えっこなし……」「ほんまに……考えん方・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・ 空の中頃に二かたまり、大きく雲が現れた。その雲に西日が遮られ、屈曲した強い光線が海面に落ちた。先刻から吹き始めた風を孕んで、沖にいた帆船が或る距離を保ちながら帰って来た。丁度その塊雲の下と思われる地点へさしかかると、急に船は暗い紅色の・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 秋の中頃旅を終えて男が帰って来た。その日も彼の女は青白く光る小石に優しいつぶやきをなげながら男には只「お帰んなさい、面白かったでしょう」と云ったばかりであった。そして原稿紙の一っぱいちらばって居る卓子に頬杖をつきながら小声にふとからか・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫