・・・――紫玉は、中高な顔に、深く月影に透かして差覗いて、千尋の淵の水底に、いま落ちた玉の緑に似た、門と柱と、欄干と、あれ、森の梢の白鷺の影さえ宿る、櫓と、窓と、楼と、美しい住家を視た。「ぬしにもなって、この、この田舎のものども。」 縋る・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・背の低い、痩形の、頭の小さい、中高の顔、いつも歯を染めている昔ふうの婦人。口を少しあけて人のよさそうな、たわいのない笑いをいつもその目じりと口元に現わしているのがこの人の癖でした。「そろそろ寝ようかと思っているところです。」と私が言うう・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・然し、中高な引しまった表情を、淋しげに亜麻色の髪の下に浮べたインディアンの娘は、殆ど誰も誰もが、地味な陰気な黒い着物を着て居ります。笑いも致しません。陽気な声で物も申しません。親ゆずりの靴を履いた足音を静かに立てて、彼方の部落へ姿を消して仕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 中高な門内の道を出ると菊太はチョイと振り返って草の両側に生えて居る道を、ポコポコと小さいほこりの煙をたてて帰って行く。 甚助の家の方へ曲る頃、祖母はありったけのくさくさを私に打ちあける。 やさしく仕て居ればつけ上り、きびしくす・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・二十四日には一同京都に着し、紫野大徳寺中高桐院に御納骨いたし候。御生前において同寺清巌和尚に御約束有之候趣に候。 さて今年御用相片づき候えば、御当代に宿望言上いたし候に、已みがたき某が志を御聞届け遊ばされ候勤めているうちに、寛延三年に旨・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫