・・・それ故丸坊主になると、私の頭は丁度耳の附根あたりで急に細くなり、随分見っともないのである。見っともないだけならまだしもだが、何だか破戒僧のような面相になってしまうのである。この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで房々と垂れるより仕方がない・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 薄暗い八畳間の片隅に、紺絣を着た丸坊主の少年がひとりきちんと膝を折って坐っていた。顔を見ると、やはり、青本女之助に違いなかった。熊本という逞しい名前の感じは全然、無かったのである。白くまんまるい顔で、ロイド眼鏡の奥の眼は小さくしょぼし・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・その頃の文科の学生は、たいてい頭髪を長くしていたものだが、三田君は、はじめから丸坊主であった。眼鏡をかけていたが、鉄縁の眼鏡であったような気がする。頭が大きく、額が出張って、眼の光りも強くて、俗にいう「哲学者のような」風貌であった。自分から・・・ 太宰治 「散華」
・・・頭は丸坊主。しかも君、意味深げな丸坊主だ。悪い趣味だよ。そうだ、そうだ。あいつはからだのぐるりを趣味でかざっているのだ。小説家ってのは、皆あんな工合いのものかねえ。思索や学究や情熱なぞをどこに置き忘れて来たのか。まるっきりの、根っからの戯作・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ 主人は、四十くらいで丸坊主である。太いロイド眼鏡をかけて、唇がとがり、ひょうきんな顔をしていた。十七、八の弟子がひとりいて、これは蒼黒く痩せこけていた。散髪所と、うすいカアテンをへだて、洋風の応接間があり、二三人の人の話声が聞えて、私・・・ 太宰治 「美少女」
・・・あのおしゃれな人が、軍服のようなカーキ色の詰襟の服を着て、頭は丸坊主で、眼鏡も野暮な形のロイド眼鏡で、そうして顔色は悪く、不精鬚を生やし、ほとんど別人の感じであった。 部屋へあがって、座ぶとんに膝を折って正坐し、「私は、正気ですよ。・・・ 太宰治 「女神」
出典:青空文庫