・・・葛湯をつくったり、丹前を着せたりしてくれた。そうしたらぼくはなんだか急に悲しくなった。家にはいってから泣きやんでいた妹たちも、ぼくがしくしく泣きだすといっしょになって大きな声を出しはじめた。 ぼくたちはその家の窓から、ぶるぶるふるえなが・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 女はどうぞとこちらを向いて、宿の丹前の膝をかき合わせた。乾燥した窮屈な姿勢だった。座っていても、いやになるほど大柄だとわかった。男の方がずっと小柄で、ずっと若く見え、湯殿のときとちがって黒縁のロイド眼鏡を掛けているため、一層こぢんまり・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・客は河豚で温まり、てかてかした頬をして、丹前の上になにも羽織っていなかった。鼻が大きい。 その顔を見るなり、易者はあくびが止った。みるみる皮膚が痛み、真蒼な痙攣が来た。客の方も気づいて、びっくりした顔だった。睨みつけたまま通りすぎようと・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・そうして宿の丹前に羽織をひっかけ、こうなれば一つその地蔵様におまいりでもして、そうしてここを引き上げようと覚悟をきめた。宿を出ると、すぐ目の前に見世物小屋。テントは烈風にはためき、木戸番は声をからして客を呼んでいる。ふと絵看板を見ると、大き・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・家に在る時は、もっぱら丹前下の浴衣である。銘仙の絣の単衣は、家内の亡父の遺品である。着て歩くと裾がさらさらして、いい気持だ。この着物を着て、遊びに出掛けると、不思議に必ず雨が降るのである。亡父の戒めかも知れない。洪水にさえ見舞われた。一度は・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・あのなかにはオリーブ色、細かい格子の裏の絹の丹前があっただけでポンポコはありませんでした。あの昔のなつかしい染ガスリの夜着のようなのは。 私は国男さんの所謂じれったがらない修業が大変よ、何しろうちは何かの巣のような騒ぎで、考えておいて黙・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫