・・・ 京子は透る声で云ったまんまカタカタと敷石を丹念に踏む音がかなり長い間響いて居た。 書斎に入った時二人は何か低く話して笑って居た。 ねえ私今もそう思ったんですよ 〔以下、原稿用紙一枚分欠〕色が眼についた。・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・困難し、打ち合わせなどするうちに、後の廊下で、一人の老人が丹念に人造真珠の頸飾や、古本や鼈甲細工等下手に見栄えなく並べ始めた。 一眠りしたら、大分元気が恢復した。福島屋の其部屋から、遙に港内が瞰下せた。塗り更えに碇泊して居るらしい大・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 一章一章が、青年らしい丹念さでまとめられている。p.9 駄目だ 今夜は 云々 「きざらしいところ」 ○小市民的要素 貧困 本を愛する心 その他を描いている作者の情熱 諸論文は ○矛盾は軽蔑・・・ 宮本百合子 「「敗北の文学」について」
・・・幸雄は何日、間に日が経っていようと、この前石川が来たとき買わせた菓子の残りをきっちりしまっておいて、丹念に次にもそれを出すのであった。「あしたの朝、あの方もさくね」「もうあすこまで開くと一息です」「……いいねえ……」 恍惚と・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・だが、サーシャはその一つ一つを丹念に眺めまわし大事そうに指先で撫でている。 この晩、自分の宝物で年下の小僧であるゴーリキイを驚かし、羨ませることの出来なかったサーシャは、庭が乾いたら、とても素晴らしいものをゴーリキイに見せる約束をした。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・大石段は目的のない人間のいろんな姿態で一杯に重くされ、丹念に暇にあかして薄い紙と厚い紙とがはなればなれになるまで踏みにじられた煙草の吸口などが落ちていた。ボソボソ水気なしでパンをかじった。鳩が飛んで来てこぼれを探し、無いので後から来た別な鳩・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・こういう算用を戦国武士が丹念にやっていたということは、注目に価すると言ってよいであろう。 以上の三つの家訓書は、目ぼしい戦国武士がみずから書いたものである。それだけで新興武士階級の思想を全面的に知ることはむずかしいかもしれぬが、しかしこ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・そうしてまたそういう好みを実に丹念に守り通していた。 住居についてもそうであった。新片町や飯倉片町の家は、借家であって、藤村の好みによった建築ではないが、しかしああいう場所の借家を選ぶということのなかに、十分に藤村の好みが現われているの・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・先生はあれを病床で口授せられたのだという。先生は丹念にカードを作る人であったから、調べた材料は相当に整理せられていたのでもあろうが、しかしああいう引例の多い議論を病床で口授するということは、どうも驚くのほかはない。おそらくあの問題を絶えず追・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫