・・・「この朝顔はね、あの婆の家にいた時から、お敏さんが丹精した鉢植なんだ。ところがあの雨の日に咲いた瑠璃色の花だけは、奇体に今日まで凋まないんだよ。お敏さんは何でもこの花が咲いている限り、きっと君は本復するに違いないって、自分も信じりゃ僕たちに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・――思わず、きゅうと息を引き、馬蛤の穴を刎飛んで、田打蟹が、ぼろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂の沫を被って転がって遁げる時、口惜しさに、奴の穿いた、奢った長靴、丹精に磨いた自慢の向脛へ、この唾をかッと吐掛けたれば、この一呪詛によって、あの、ご秘・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――いま天守を叙した、その城の奥々の婦人たちが丹誠を凝した細工である。 万亭応賀の作、豊国画。錦重堂板の草双紙、――その頃江戸で出版して、文庫蔵が建ったと伝うるまで世に行われた、釈迦八相倭文庫の挿画のうち、摩耶夫人の御ありさまを、絵のま・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・――「……なれども、おみだしに預りました御註文……別して東京へお持ちになります事で、なりたけ、丹、丹精を抽んでまして。」 と吃って言う。「あなた、仏様に御丹精は、それは実に結構ですが、お礼がお礼なんですから、お骨折ではかえって恐・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・さて、ついでに私の意気になった処を見され、御同行の婆々どのの丹精じゃ。その婆々どのから、くれぐれも、よろしゅうとな。いやしからば。村越 是非近々に。七左 おんでもない。晩にも出直す。や、今度は長尻長左衛門じゃぞ。奥方、農産会に出た、・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・野の仕事は無論できない。丹精一心の兄夫婦も、今朝はいくらかゆっくりしたらしく、雨戸のあけかたが常のようには荒くない。省作も母が来て起こすまでは寝かせて置かれた。省作が目をさました時は、満蔵であろう、土間で米を搗く響きがずーんずーと調子よく響・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それからお前にいうておくことがある、おれにもたいした事はできんけれど、おれも村の奴らに欲が深い深いといわれたが、そのお蔭で五、六年丹精の結果が千五百円ばかりできてる。これをお前にやる分にゃ先祖の財産へ手を付けんのだから、おれの勝手だ。お前も・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・て朝草も刈るのかと思ったら、おれは可哀そうでならなかった、それでおれは今鎌を買いに松尾へ往くのだが、日中は熱いからと思ってこんなに早く出掛けてきたのさ、それではお前の分にも一丁買ってきてやるから、折角丹誠してくれやて、云ったら何んでも眼をう・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 丹精して、野菜を作っていられたお祖父さんは、「おどろいたなあ。」と、おっしゃったけれど、木は、そんなことに関係なく、ぐんぐんと大きくなりました。そして、三年目からは、ほんとうに、実がたくさんなりました。 吉雄くんの植えたいちじ・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・私の丹誠で助けたいと思っている。」と、おじいさんは答えました。 こうしたやさしいおじいさんでありますから、小さいもの、弱いものに対して、平常からしんせつでありました。「正坊はどうしたか。」と、帰るとすぐに、孫のことをききました。・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
出典:青空文庫