・・・「きょうは乗り遅れる心配はない。」――そんなことも勿論思ったりした。路に隣った麦畑はだんだん生垣に変り出した。保吉は「朝日」を一本つけ、前よりも気楽に歩いて行った。 石炭殻などを敷いた路は爪先上りに踏切りへ出る、――そこへ何気なしに来た・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・木曜日の晩に漱石山房で話にふけっていれば、終列車に乗り遅れるおそれがあった。それで木曜会に出る度数は減ったが、訪ねて行くときは、午後早く行って夕方に辞去するようにした。そのころ、門の前まで行くと、必ず人力車が一台待っていた。客間には滝田樗陰・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・これでは汽車の時間にカツカツだ、まずくすると乗り遅れるかも知れない、あの時時計が止まってくれなければよかった、などと思う。しかし電車はすぐ来た。それがまた思ったよりも調子よく走る。人の乗り降りがあまりないので停車場などは止まったかと思うとす・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫