・・・十字架の下に泣き惑ったマリヤや弟子たちも浮き上らせている。女は日本風に合掌しながら、静かにこの窓をふり仰いだ。「あれが噂に承った南蛮の如来でございますか? 倅の命さえ助かりますれば、わたくしはあの磔仏に一生仕えるのもかまいません。どうか・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・「僕はピルロンの弟子で沢山だ。我々は何も知らない、いやそう云う我々自身の事さえも知らない。まして西郷隆盛の生死をやです。だから、僕は歴史を書くにしても、嘘のない歴史なぞを書こうとは思わない。ただいかにもありそうな、美しい歴史さえ書ければ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・私は、ヴォルガ河で船乗りの生活をして、其の間に字を読む事を覚えた事や、カザンで麺麭焼の弟子になって、主人と喧嘩をして、其の細君にひどい復讐をして、とうとう此処まで落ち延びた次第を包まず物語った。ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・「神、その独子、聖霊及び基督の御弟子の頭なる法皇の御許によって、末世の罪人、神の召によって人を喜ばす軽業師なるフランシスが善良なアッシジの市民に告げる。フランシスは今日教友のレオに堂母で説教するようにといった。レオは神を語るだけの弁才を・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「じかではなくっても――御別懇の鴾先生の、お京さんの姉分だから、ご存じだろうと思いますが……今、芝、明舟町で、娘さんと二人で、お弟子を取っています、お師匠さん、……お民さんのね、……まあ、先生方がお聞きなすっては馬鹿々々しいかも知れませ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物だが、ほとんどすべて未成品だ――を平気で、あせることなくやっている間に、後進または弟子であってまた対抗者なるミケランジェロ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳はこのお師匠さんに弟子入りして清元の稽古を初めたが、家族にも秘密ならお師匠さんにも淡島屋の主人であるのを秘して、手代か職人であるような顔をして作さんと称していた。それから暫らく経って椿岳の娘が同じお師匠さんに入門すると、或時家内太夫は「・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「ははは、坊も、私のお弟子になってバイオリンが弾きたいかな。」と、おじいさんはいいました。「おじいさん、どうか僕に、バイオリンを教えてください。」と、少年は、熱心に、目を輝かして頼みました。 それからは、おじいさんは、自分のバイ・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・ 親子は裁縫の師匠をしているので、つい先方弟子の娘たちが帰った後の、断布片や糸屑がまだ座敷に散らかっているのを手早く片寄せて、ともかくもと蓐に請ずる。請ぜられるままお光は座に就いて、お互いに挨拶も済むと、娘は茶の支度にと引っ込む。「・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・下寺町の広沢八助に入門し、校長の相弟子たる光栄に浴していた。なお校長の驥尾に附して、日本橋五丁目の裏長屋に住む浄瑠璃本写本師、毛利金助に稽古本を註文したりなどした。 お君は金助のひとり娘だった。金助は朝起きぬけから夜おそくまで背中を・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫