・・・しかもその雪なす指は、摩耶夫人が召す白い細い花の手袋のように、正に五弁で、それが九死一生だった私の額に密と乗り、軽く胸に掛ったのを、運命の星を算えるごとく熟と視たのでありますから。―― またその手で、硝子杯の白雪に、鶏卵の蛋黄を溶かした・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・パウロに感謝だ、と長兄は九死に一生を得た思いのようであった。長兄は、いつも弟妹たちへの教訓という事を忘れない。それゆえ、まじめになってしまって、物語も軽くはずまず、必ずお説教の口調になってしまう。長兄には、やはり長兄としての苦しさがあるもの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・翌々年に膵臓膿腫を患い、九死に一生を得たときも、母が讚歎したのはやはりその力であった。母は、彼女を生かし、楽しますために周囲の人々が日夜つくしている心づかいや努力を、そのものとして感じとり評価する能力は失ってしまっていた。母が家庭の中で自分・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫