・・・て柳の糸しずかに垂れたる下の、折目正しき軽装のひと、これが、この世の不幸の者、今宵死ぬる命か、しかも、かれ、友を訪れて語るは、この生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々・・・ 太宰治 「喝采」
・・・いつ成るとも判らぬこのやくざな仕事の首途を祝い、君とふたりでつつましく乾杯しよう。仕事はそれからである。 私は生れてはじめて地べたに立ったときのことを思い出す。雨あがりの青空。雨あがりの黒土。梅の花。あれは、きっと裏庭である。女・・・ 太宰治 「玩具」
・・・「乾杯だ! 熊本も立て。喜びのための一ぱいのビイルは罪悪で無い。悲しみ、苦悩を消すための杯は、恥じよ!」「では、ほんの一ぱいだけ。」熊本君は、佐伯の急激に高揚した意気込みに圧倒され、しぶしぶ立って、「僕は事情をよく知らんのですからね、ほ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ヨキ文章ユエ、若キ真実ノ読者、スナワチ立チテ、君ガタメ、マコト乾杯、痛イッ! ト飛ビアガルホドノアツキ握手。 石坂氏ハダメナ作家デアル。葛西善蔵先生ハ、旦那芸ト言ウテ深ク苦慮シテ居マシタ。以来、十春秋、日夜転輾、鞭影キミヲ尅シ、九狂一拝・・・ 太宰治 「創生記」
・・・「さあ、乾杯だ。飲めよ。」 雪は、眼をつぶってぐっと飲んだ。「えらい。」私もぐっと飲んだ。「僕ね、きょうはとても、うれしいんだ。小説は書きあげたし。」「あら! 小説家?」「しまった。見つけられたな。」「いいわねえ。」・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ そうして、僕たちはその座敷にあがり込んで乾杯した。「先生、相変らずですねえ。」「相変らずさ。そんなにちょいちょい変ってはたまらない。」「しかし、僕は変りましたよ。」「生活の自信か。その話は、もうたくさんだ。ノオと言えば・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・飲みましょう。乾杯。趣味というものは、むずかしいものでしてね。千の嫌悪から一つの趣味が生れるんです。趣味の無いやつには、だから嫌悪も無いんです。飲みましょう、乾杯。大いに今夜は談じ合おうじゃありませんか。あなたは案外、無口なお方のようですね・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・諸君は我輩のために乾杯しようというんだな。よしよし、プ、プ、プロージット。」 そこでみんなは呑みほしました。 わたくしは臆してしまって、もう帰ろうかとも思いましたが、さっきファゼーロたちにあんなことを云ったものですから立っていること・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・男も。乾杯。 三鞭酒は、気分に於て、我々の卓子にまで配られた。少し晴々し、頻りに談笑するうちに、私は謂わば活動写真的な一場面を見とめた。事実黄金色の軽快なアルコオルが体内に流れ込んだのだから、隣の食卓の一組は食堂に来た時より一層若やぎ恍・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
出典:青空文庫