・・・ その町の端頭と思う、林道の入口の右側の角に当る……人は棲まぬらしい、壊屋の横羽目に、乾草、粗朶が堆い。その上に、惜むべし杉の酒林の落ちて転んだのが見える、傍がすぐ空地の、草の上へ、赤い子供の四人が出て、きちんと並ぶと、緋の法衣の脊高が・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈んで、元気がなかった。それは、憲兵隊の営倉に入れられていた鮮人だった。「や、来た、来た。」 丘の病院から、看護卒が四五人、営・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 処々に、うず高く積上げられた乾草があった。 荷車は、軒場に乗りつけたまま放ってあった。 室内には、古いテーブルや、サモールがあった。刺繍を施したカーテンがつるしてあった。でも、そこからは、動物の棲家のように、異様な毛皮と、獣油・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・やがて、橇に積んだボール紙の箱を乾草で蔽いかくし、馬に鞭打って河のかなたへ出かけて行った。「あいつ、とうとう行っちゃったぞ!」 呉清輝は、田川の耳もとへよってきて囁いた。「どうしてそれが分るかい!」「どうしても、こうしてもね・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 馭者は橇の中で腰まで乾草に埋め、頸をすくめていた。若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜で赭くなっていた。「有がとう。」「ほんとに這入ってらっしゃい。」「有がとう。」 けれども、若い馭者は、乾草をなお身体のまわりに集めか・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ ドミトリー・ウォルコフは、乾草がうず高く積み重ねられているところまで丘を乗りぬけて行くと、急に馬首を右に転じて、山の麓の方へ馳せ登った。そこには屋根の低い、木造の百姓家が不規則に建ち並んでいた。馬は、家と家との間の狭い通りへ這入って行・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・二日も前に帰って来て、そうして、嫁と相談して、馬小屋の屋根裏の、この辺ではマギと言っていますが、まあ乾草や何かを入れて置くところですな、そこへ隠れていたのです。もちろん、嫁の入智慧です。母は盲目だし、いい加減にだまして、そうしてこっそり馬小・・・ 太宰治 「嘘」
・・・特に西空はたっぷり夕陽の名残が輝いて、ひらいた地平線の彼方に乾草小屋のような一つの家屋の屋根と、断れ断れな重い雲の縁とを照し出していた。櫟の金茶色の並木は暖い反射を燦かしたが、下の小さい流れの水はもう眠く薄らつめたく鈍った。野末の彼方此方か・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・風車・乾草・小川は秋空をうつして流れている。農婦は赤い水汲桶を左右にかついで小川に向って来る。画中の女、戦の勝敗を知らず。 書簡註。この頃シベリアは郵便物が通れず通信すべてアメリカ経由でされている。このハガキは東京へ八・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・外囲いは都会の様に気は用いない、茶黄色い荒壁のままで落ちた処へ乾草のまるめたのを「つめ込んで」なんかある。 こんな家に二階建のはまれで皆平屋である。家の前には広場の様な処が有って、野生の草花が咲いたり、家禽などが群れて居る。 この村・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫