・・・あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼の復讐の挙も、彼の同志も、最後にまた彼自身も、多分このまま、勝手な賞讃の声と共に、後代まで伝えられ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・そしてかかる経済生活を打却することによってのみ、正しい文化すなわち人間の交渉が精神的に成り立ちうる世界を成就するだろうことを予想しているように見える。結局彼は人間の精神的要求が完全し満足される環境を、物質価値の内容、配当、および使用の更正に・・・ 有島武郎 「想片」
・・・それにしてもより稀薄に支配階級の血を伝えた私生児中にかかる気勢が見えはじめたことは、大勢の赴くところを予想せしめるではないか。すなわち私生児の供給がやや邪魔になりかかりつつあるのを語っているのではないか。この実状を眼前にしながら、クロポトキ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・飽きたり、不満足になったりする時を予想して何にもせずにいる位なら、生れて来なかった方が余っ程可いや。生れた者はきっと死ぬんだから。A 笑わせるない。B 笑ってもいないじゃないか。A 可笑しくもない。B 笑うさ。可笑しくなくっ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 今日我々のうち誰でもまず心を鎮めて、かの強権と我々自身との関係を考えてみるならば、かならずそこに予想外に大きい疎隔の横たわっていることを発見して驚くに違いない。じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・してある上に、取り残して来た原稿料の一部を僕がたびたび取り寄せるので、何か無駄づかいをしていると感づいたらしい――もっとも、僕がそんなことをしたのはこのたびばかりではないから、旅行ごとに妻はその心配を予想しているのだ――いい加減にして切りあ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・』 丸善は如何に機敏でも常から焼けるのを待構えて、焼けるべく予想する本の目録を作って置かない。又焼けてから半日経たぬ間に焼けた本の目録を作るは丸善のような遅鈍な商人には決して出来ない。概算一万三千種の書目を作るは十人のタイピストが掛って・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・が、誰も多少予想していないじゃないが余り迅雷疾風的だったから誰も面喰ってしまった。その上、東京の地震の火事と同様、予想以上に大きくなったのでいよいよ面喰ってしまった。日本は二葉亭の注文通りにこの機会に乗じて驥足を伸べるどころか、火の子を恐れ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 木の芽は、生まれて出た世の中が予想をしなかったほど、複雑なのに頭を悩ましました。そして、空恐ろしさに震えていました。「おまえは寒いのか。なんでそんなに震えているのだ。」と、太陽は、怪しんで聞きました。 木の芽は、風に吹かれて、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫