・・・二大戦役を通過した日本の最近二十五ヵ年間は総てのものを全く一変して、恰も東京市内に於ける旧江戸の面影を尽く亡ぼして了ったと同様に、有らゆる思想にも亦大変革を来したが、生活に対する文人の自覚は其の重なる事象の一つであろう。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・人生の事象をよろず善悪のひろがりから眺める態度、これこそ人格という語をかたちづくる中核的意味でなければならぬ。私はいかなる卓越した才能あり、功業をとげたる人物であっても、彼がもしこの態度において情熱を持っていないならば決して尊敬の念を持ち得・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そしてさらに不幸なことには、このことは人生一般の事象を見る目の純真性を曇らすのだ。快楽の独立性は必ず物的福利を、そして世間的権力を連想せしめずにはおかぬ。人間がそうした見方を持つにいたればもはや壮年であって、青春ではないのである。 事実・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ つとめて書を読み、しかもそれが他人の生と労作からの所産であって、自分のそれは別になければならぬことを自覚し、他人の生にあずかり、その寄与をすなおに受けつつ、しかも自らの目をもって人生を眺め、事象を考察することのできるもの、これが理想的・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ しかしまた、現在映画の世界にのみ存する事象が将来現世界に可能とならないという証拠もないとすると、現在の映画の夢は将来の現実の実相を導き出す先駆となり前兆とならないとも限らない。ここに重大な問題の骨子があるような気がするのである。これは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・芸術家の使命は多様であろうが、その中には広い意味における天然の事象に対する見方とその表現の方法において、なんらかの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。また科学者がこのような新しい事実に逢着した場合に、その事実の実用的価値には全・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・科学が未知の事象を予報すると同様に、文学は未来の新しい人間現象を予想することも可能である。 想像力の強い昔の作者の予想した物質文明機関で現代にすでに実現されているものがはなはだ多い。電燈でも、飛行機でも、潜水艇でもまたタンク戦車のごとき・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・甚だ平凡な出来事のようでもあるが、しかしこの事象の意味がいまになっても、どうしても自分には分らない。つまらないようで実に不思議なアドヴェンチュアーとして忘れることが出来ないのである。もし読者のうちでこの謎の意味を自分の腑に落ちるようにはっき・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 錯綜した事象の渾沌の中から主要なもの本質的なものを一目で見出す力のないものには、こうした描写は出来ないであろう。これはしかし、俳諧にも科学にも、その他すべての人間の仕事という仕事に必要なことかもしれないのである。 西鶴について・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そういうものの存在はもちろん仮定であろうが、それを出発点として成立した物理学の学説は畢竟比較的少数の仮定から論理的演繹によって「観測されうる事象」を「説明」する系統である。この目的が達せられうる程度によって学説の相対的価値が定まる。この目的・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
出典:青空文庫