・・・ この暑さに、五つ紋の羽織も脱がない、行儀の正しいのもあれば、浴衣で腕まくりをしたのも居る。――裾模様の貴婦人、ドレスの令嬢も見えたが、近所居まわりの長屋連らしいのも少くない。印半纏さえも入れごみで、席に劃はなかったのである。 で、・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・他人からの借衣なら、たとい五つ紋の紋附きでも、すまして着て居られる。あれですね。それでは、唄わせて、いや、書かせていただきます。拝啓。小生儀、異性の一友人にすすめられ、『めくら草紙』を読み、それから『ダス・ゲマイネ』を読み、たちどころに、太・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それが近頃は五つ紋をつけるようになった。それも大きなのが段々小さくなったようだが、近頃どの位になっているのか。私は羽織の紋が余り大きいから流行に後れぬように小さくした位それほど流行というものは人を圧迫して来る。圧迫するのじゃないが、流行にこ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・「何に大きいことはない。五つ紋の羽織なんか始めて着たのだ。紋の大きいのは結構だ。仙台平の袴も始めてサ。こんなにキュウキュウ鳴ると恥かしいようだ。」「お雑煮をも一つ上げよか。」「もうよございます。屠蘇をも一杯飲もうか。おいおい硯と紙とを持て来・・・ 正岡子規 「初夢」
出典:青空文庫