・・・故に各種原因の重要の度を比較して、影響の些少なるものを度外視し、いわゆる「近似」を求むるを常とす。しかしてこれら原因の取捨の程度に応じて種々の程度の近似を得るものと考う。この方法は物理的科学者が日常使用する所にして、学者にとりてはおそらく自・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・百年前の取扱いも些少ながらその印象を止めているはずである。それでただ現在の重量や温度その他の外界条件一切を羅列しても一条の弾条の長さは決定するものではない。弾条に限らずすべての弾性体の形状大小についても全く同様である。従って一つの針金の長さ・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・この黄味の強い赤い夕陽の光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、凡ての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが、しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少の濃淡をもつけないので、堀割の眺望はさながら旧式の芝居の平い書割としか思・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・と云う小説から来たもので、余はこれに対して些少の創意をも要求する権利はない。エーンズウォースには斧の刃のこぼれたのをソルスベリ伯爵夫人を斬る時の出来事のように叙してある。余がこの書を読んだとき断頭場に用うる斧の刃のこぼれたのを首斬り役が磨い・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・我が輩かつていえることあり、方今政談の喋々をただちに制止せんとするは、些少の水をもって火に灌ぐが如し、大火消防の法は、水を灌ぐよりも、その燃焼の材料を除くに若かずと。けだし学者のために安身の地をつくりてその政談に走るをとどむるは、また燃料を・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・一、古来、日本にて学者士君子、銭を取りて人に教うるを恥とし、その風をなせるがゆえに、私塾にて些少の受教料を取るも大いに人の耳目を驚かす。かつ大志を抱くものは往々貧家の子に多きものなれども、衣食にも差支うるほどにて、とても受教の金を払うべ・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・夫婦正しく一身同体、妻の病気には夫の身を苦しめ、夫の恥辱には妻の心を痛ましめ、其感ずる所に些少の相違あることなし。世の男女或は此賭易き道理を知らずして、結婚は唯快楽の一方のみと思い却て苦労の之に伴うを忘れて、是に於てか男子が老妻を捨てゝ妾を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・これまた、士族の気風にして、祖先以来、些少にても家禄あれば、とうてい飢渇の憂なく、もとより貧寒の小士族なれども、貧は士の常なりと自から信じて疑わざれば、さまで苦しくもなく、また他人に対しても、貧乏のために侮りをこうむることとてはなき世の風俗・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・斯様に見苦しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候方々、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之候えども、借財等は一切無き某、厘毛たりとも他人に迷惑相掛け申さず、床の間の脇、押入の中の手箱には、些少ながら金子貯えおき候えば、荼だびの費・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫