・・・ただこれぎりなら夏らしくもないが、さて一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・他の一つはその仮作物語と実社会と直角的に交叉線をなして居る、――物語そのものは垂直線をなして居るのであります。並行線をなして居るのは、作者の思想や感情や趣味が当時の実社会と同じであるところより生じ、交叉線をなすのは作者の思想感情趣味が当時の・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・頭の上で両手を交差して、一点の弧光から発する光でスクリーンに影を映すだけのことであるが、それは実に驚くべき入神の技であった。小猿が二匹向かい合って蚤をとり合ったりけんかをしたりするのが、どうしても本物としか思われないのに、それはやはりただな・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・この二つの動物の利害の世界は互いに交差しないと見える。しかし、めだかは人影が近づくと驚いてぱっと一度にもぐり込む。これに反してみずすましのほうは、人間を見ただけでは平気である。つかまえようとするとついと逃げる。めだかのほうは数千年来人間にお・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・上富士前の交叉点で乗込んだ人々の中に四十前後の色の黒い婦人が居た。自分の隣へ腰をかけると間もなく不思議な挙動をするのが自分の注意をひいた。ハンケチで首筋の辺をはたくようなことをしている。すると眼の下の床へぱたりと一疋の玉虫が落ちた。仰向きに・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内地方の電・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・九月二日に日比谷交叉点で、ひどい皮膚病に冒された犬を見た。犬は自分の汚さは自覚していないが、しかし癢いことは感ずるから後脚でしきりにぼりぼり首の周りを掻いていた。近頃のきたない絵もやはり自分のきたなさは感じないがその癢さを感じてぼりぼりブラ・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・大通りが縦横に交差してその間にはまた多数の「抜け裏」のあるような、そういう複雑な系統として保存し発達さるべきものではないかと考える。 近年プランクなどは従来勢力のあったマッハ一派の感覚即実在論に反対して、科学上の実在は人間の作った便宜的・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・仙台堀と大横川との二流が交叉するあたりには、更にこれらの運河から水を引入れた貯材池がそこ此処にひろがっていて、セメントづくりの新しい橋は大小幾筋となく錯雑している。このあたりまで来ると、運河の水もいくらか澄んでいて、荷船の往来もはげしからず・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・覗いたように折れた其端が笠の内を深くしてそれが耳の下で交叉して顎で結んだ黒い毛繻子のくけ紐と相俟って彼等の顔を長く見せる。有繋に彼等は見えもせぬのに化粧を苦にして居る。毛繻子のくけ紐は白粉の上にくっきりと強い太い線を描いて居る。削った長い木・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫