・・・ この寺の墓所に、京の友禅とか、江戸の俳優某とか、墓があるよし、人伝に聞いたので、それを捜すともなしに、卵塔の中へ入った。 墓は皆暗かった、土地は高いのに、じめじめと、落葉も払わず、苔は萍のようであった。 ふと、生垣を覗いた明い・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・それ故に椿岳の生涯は普通の画人伝や畸人伝よりはヨリ以上の興味に富んで、過渡期の畸形的文化の特徴が椿岳に由て極端に人格化された如き感がある。言換えれば椿岳は実にこの不思議な時代を象徴する不思議なハイブリッドの一人であって、その一生はあたかも江・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ その後再び東京へ転住したと聞いて、一度人伝に聞いた浅草の七曲の住居を最寄へ行ったついでに尋ねたが、ドウしても解らなかった。誰かに精しく訊いてから出直すつもりでいると、その中に一と月ほど経って、「小生事本日死去仕候」となった。一代の奇才・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 参考書のたぐい田中智学 大国聖日蓮聖人清水竜山 日蓮聖人の生涯山川智応 日蓮聖人伝十講有朋堂文庫 日蓮聖人文集室伏高信 立正安国論高山樗牛 日蓮とはいかなる人ぞ姉崎正治 法華経の行者日蓮・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・自分の行きたくて行かれない処の話を、人伝に聞いては満足が出来なくたった。あらゆる面白い事のあるウィインは鼻の先きにある。それを行って見ずに、ぐずぐずしていて、朝夕お極まりに涌き上がって来る、悲しい霧を見ているのである。実に退屈である。ドリス・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・読者のうちにはそういうことに気がついている人は多いであろうが、わざわざ著者に手紙をよこしたりあるいは人伝てに注意をしてくれる人は存外きわめて稀である。 つい先達て「歯」のことを書いた中に「硬口蓋」のことを思い違えて「軟口蓋」としてあった・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ 外国から帰った当時、先生の消息を人伝に聞いて、先生は今鹿児島の高等学校に相変らず英語を教えているという事が分った。鹿児島から人が出てくる度に余はマードックさんはどうしたと尋ねない事はなかった。けれども音信はその後二人の間に全く絶えてい・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫