・・・さりとてこの人数袂をつらねて散歩に行くべき処もない。上野公園の森は目の前に見えているが無論行く気にはならない。兎に角一同自動車に乗ろうとする間際になって、ふと震災後向島はどんなになっているだろうと言うような事から、始めて車を東に向けさせるこ・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・この講堂にかくまでつめかけられた人数の景況から推すと堺と云う所はけっして吝な所ではない、偉い所に違いない。市中があれほどヒッソリしているにかかわらず、時間が来さえすればこれほど多数の聴衆がお集まりになるのは偉い、よほど講演趣味の発達した所だ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・しかし折角の催しで人数も十二人だけだからといって、漸くイブセンを説き伏せた。面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ その一つの部屋に、深谷というのと、安岡と呼ばれる卒業期の五年生がいた。 もちろん、部屋の窓の外は松林であった。松の梢を越して国分寺の五重の塔が、日の光、月の光に見渡された。 人数に比べて部屋の数が多過ぎるので、寄宿舎は階上を自・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・五月十二日、今日また人数を調べた。二十八人に四人足りなかった。みんなは僕だの斉藤君だの行かないので旅行が不成立になると云ってしきりに責めた。武田先生まで何だか変な顔をして僕に行けと云う。僕はほんとうにつらい。明后日までにすっかり・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そら僕らが三人ぐらい北の方から少し西へ寄って南の方へ進んで行くだろう、向うから丁度反対にやって来るねえ、こっちが三人で向うが十人のこともある、向うが一人のこともある、けれども勝まけは人数じゃない力なんだよ、人数へ速さをかけたものなんだよ、・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・だが、それを実践したい心は溢れているとして、全体の人数の何割の若い職業婦人たちが、それぞれの勤め先で結婚と分娩とを公然の条件として認められているであろうか。共稼ぎの率は殖えている。でも、女にとって職業か家庭かという苦しい疑問を常に抱かせて来・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ 一番おしまいであった私の後に、若くもない男が又来て列についた。人数は疎らだのに、さしている傘ばかりが重なり合うようで、猶暫く立っていたら、その横丁へ自動車が入って来て、おとなしい人の列を道路に沿ってたてに押しつけてしまった。 私は・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ 切米取りの殉死者はわりに多人数であったが、中にも津崎五助の事蹟は、きわだって面白いから別に書くことにする。 五助は二人扶持六石の切米取りで、忠利の犬牽きである。いつも鷹狩の供をして野方で忠利の気に入っていた。主君にねだるようにして・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・陸上の人数はますます殖える。舟はますますおもしろそうに上がって来る。老人と子供と女房たちは綱に捕まって快活に跳ねている。誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫