・・・「……いったいに笹川君の書くものは、これまでのところではあまり人気のある方では、なかったようです。それで、今度の笹川君の労作にかかる長編の出版されるについては、私たち友人としては、なるべく多くの人気の出ることを、希望しないわけには行きま・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・それで大変な人気だ」 堯らは話をしているといくらでも茶を飲んだ。が、へいぜい自分の使っている茶碗でしきりに茶を飲む折田を見ると、そのたび彼は心が話からそれる。その拘泥がだんだん重く堯にのしかかって来た。「君は肺病の茶碗を使うのが平気・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 然るに全校の人気、校長教員を始め何百の生徒の人気は、温順しい志村に傾いている、志村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 二人の旅客 雪深き深山の人気とだえし路を旅客一人ゆきぬ。雪いよいよ深く、路ますます危うく、寒気堪え難くなりてついに倒れぬ。その時、また一人の旅人来たりあわし、このさまを見て驚き、たすけ起こして薬などあたえしかば・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・奥にこそ此様に人気無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ筈は無い。運の面は何様なつらをして現われて来るものか、と思えば、流石に真暗の中に居りながらも、暗中一ぱいに我が眼が見張られて、自然と我が手が我が左・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・全国で一ばん若年の県会議員だったそうで、新聞には、A県の近衛公とされて、漫画なども出てたいへん人気がありました。 長兄は、それでも、いつも暗い気持のようでした。長兄の望みは、そんなところに無かったのです。長兄の書棚には、ワイルド全集、イ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・お教室では、まえほど人気が無くなったけれど、私は、私ひとりは、まえと同様に魅かれている。山中、湖畔の古城に住んでいる令嬢、そんな感じがある。厭に、ほめてしまったものだ。小杉先生のお話は、どうして、いつもこんなに固いのだろう。頭がわるいのじゃ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・この人気に対して一種の不安の色が彼の眉目の間に読まれる。のみならず「はやりものだな」という言葉が彼の口から洩れた。しかしこれは悪く取ってはいけない、無理のないところもあると著者が弁護している。 それから古典教育に関する著者の長い議論があ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 猿の檻はどこの国でもいちばん人気がある。中に一匹腰が抜けて足の立たないのがいて、他の仲間のような活動を断念してたいていいつも小屋の屋根の上でごろごろしている。それがどうかして時おり移動したくなるとひょいと逆立ちをして麻痺した腰とあと足・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・三吉たちの熊本印刷工組合とはべつに、一専売局を中心に友愛会支部をつくっていて、弁舌がたっしゃなのと、煙草色の制服のなかで、機械工だけが許されている菜ッ葉色制服のちがいで、女工たちのあいだに人気があった。三吉は縁のはしに腰かけ、手拭で顔をふい・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫