・・・その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚し。 と言われたる、遠野郷に、もし旅せんに、そこにありてなおこの言をなし得んか。この臆病もの覚束なきなり。北国にても加賀越中は怪談多く、山国ゆえ、中にも天狗の話・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・蛮地では人煙が稀薄であり、聚落の上に煙の立つのは民の竈の賑わえる表徴である。現代都市の繁栄は空気の汚濁の程度で測られる。軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ まだ荒漠としている開墾の遙か彼方の山並の上に三春富士を眺め、その下に連る古い町々の人煙を見ながら、松林の中へ三層楼の役場を建てた当時の人々の感情のなかには、明治というものがどんなに明るく、広く、真直な美しさをもってうちひらけ、描かれて・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫