・・・誰にも彼にも非常人的精進行為を続けて行けと望むは無理である。子を作り、財を貯え、安逸なる一町民となるも、また人生の理想であると見られぬことはない。普通な人間の親父なる彼が境涯を哀れに思うなどは、出過ぎた料簡じゃあるまいか。まずまず寝ることだ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・最も近代人的態度を持する島村抱月君もまた恐らくこの種の葛藤を属々繰返されるだろう。 この殆んど第二の天性となった東洋的思想の傾向と近代思想の理解との衝突は啻に文学に対してのみならず総ての日常の問題に触れて必ず生ずる。啻に文人――東洋風の・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・聞くさえ忌わしいことだが、掘出し物という語は無論こういう事に本づいて出来た語だから、いやしくも普通人的感情を有している者の使うべきでも思うべきでもない語であり事である。それにも関わらず掘出し物根性の者が多く、蚤取り眼、熊鷹目で、内心大掘出し・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それからまたたいていの人間なら疲れ果てて、へたばってしまうであろうと思われるような超人的活動を、望み次第にいくらでも続けて見せてくれるのである。映画でなければできないことである。 子供の時分に老人から聞いた話によると、ほんとうの真剣勝負・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・実際、嘘を云って、そうして辻褄の合わなくなることを完全に無くするにはほとんど超人的な智恵の持主であることが必要と思われるからである。 真実を記述するといっても、とにかく主観的の真実を書きさえすれば少なくも一つの随筆にはなる。客観的にはど・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・結婚と云うものに対し、愛の発育と云うものに対し、抱いていらっしゃる貴女の全人的な趣味も其処にかなり多くの起因を持っているのではありませんでしょうか。 私も、女性が――人間全体が――もっと人間らしい自由な輝ある生活をしなければならないこと・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・私は思わず破顔しその予想もしない斬新な表現で一層照された二人の学生の近代人的神経質さにも微笑した。然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっ・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・ かくて、作家は教養を求めんとして机にしばりつけられたのであったが、古典作品の鑑賞に於ては或る意味でのペダンティシズムが跳梁するばかりであるし、作品の現実はその関心の中心が益々技巧専一の職人的傾向に陥り、しかもそれらについての是非の論は・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・プロレタリア文学団体が、過去の創作方法の弱点を理論的に客観的に究明する時間的ゆとり、人的条件を刻々失いつつある一方、各プロレタリア作家の日常的自由は激しく脅かされはじめていたので、新たな社会主義的リアリズムの提案は、それが他の国々で摂取され・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・浮浪児の社会人的教化は決して、感化院の中からの努力だけでは成就されない。それらを包蔵する社会の全面的、根本的前進があってはじめて可能であり、やがて同じ浮浪児でもその発生の社会的原因が崩壊と貧困化と廃頽のみであったものからより強く社会の発展的・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
出典:青空文庫