・・・轢死する人足の心もちをはっきり知っていた詩人です。しかしそれ以上の説明はあなたには不必要に違いありません。では五番目の龕の中をごらんください。――」「これはワグネルではありませんか?」「そうです。国王の友だちだった革命家です。聖徒ワ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・どうせ縁日物だから、大した植木がある訳じゃないが、ともかくも松とか檜とかが、ここだけは人足の疎らな通りに、水々しい枝葉を茂らしているんだ。「こんな所へ来たは好いが、一体どうする気なんだろう?――牧野はそう疑いながら、しばらくは橋づめの電・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・毎日三人で焼けあとに出かけていって、人足の人なんかに、じゃまだ、あぶないといわれながら、いろいろのものを拾い出して、めいめいで見せあったり、取りかえっこしたりした。 火事がすんでから三日めに、朝目をさますとおばあさまがあわてるようにポチ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ それも道理、その老人は、年紀十八九の時分から一時、この世の中から行方が知れなくなって、今までの間、甲州の山続き白雲という峰に閉籠って、人足の絶えた処で、行い澄して、影も形もないものと自由自在に談が出来るようになった、実に希代な予言者だ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「ええ、ござりますとも、人足も通いませぬ山の中で、雪の降る時白鷺が一羽、疵所を浸しておりましたのを、狩人の見附けましたのが始りで、ついこの八九年前から開けました。一体、この泊のある財産家の持地でござりますので、仮の小屋掛で近在の者へ施し・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ またあるとき、ケーは土木工事をしているそばを通りかかりますと、多くの人足が疲れて汗を流していました。それを見ると気の毒になりましたから、彼は、ごくすこしばかりの砂を監督人の体にまきかけました。と、監督は、たちまちの間に眠気をもよおし、・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・小揚人足が賑かな節を合せて、船から米俵のような物を河岸倉へ運びこんでいる。晴れきって明るくはあるが、どこか影の薄いような秋の日に甲羅を干しながら、ぼんやり河岸縁に蹲んでいる労働者もある。私と同じようにおおかた午の糧に屈托しているのだろう。船・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 広島訛に大阪弁のまじった言葉つきを嗤われながら、そこで三月、やがて自由党の壮士の群れに投じて、川上音次郎、伊藤痴遊等の演説行に加わり、各地を遍歴した……と、こう言うと、体裁は良いが、本当は巡業の人足に雇われたのであって、うだつの上がる・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 天婦羅だけでは立ち行かぬから、近所に葬式があるたびに、駕籠かき人足に雇われた。氏神の夏祭には、水着を着てお宮の大提燈を担いで練ると、日当九十銭になった。鎧を着ると三十銭あがりだった。種吉の留守にはお辰が天婦羅を揚げた。お辰は存分に材料・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 街へ出ると吹き通る空っ風がもう人足を疎らにしていた。宵のうち人びとが掴まされたビラの類が不思議に街の一と所に吹き溜められていたり、吐いた痰がすぐに凍り、落ちた下駄の金具にまぎれてしまったりする夜更けを、彼は結局は家へ帰らねばならないの・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫