・・・の中に、「現代の作家は何人でも人道主義を持っている。同時に何人でもリアリストたらざる作家はない。」と云う意味を述べた一節がある。現代の作家は彼の云う通り大抵この傾向があるのに相違ない。しかし現代の作家の中でも、最もこの傾向の著しいものは、実・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・ 堺氏は「およそ社会の中堅をもってみずから任じ、社会救済の原動力、社会矯正の規矩標準をもってみずから任じていた中流知識階級の人道主義者」を三種類に分け、その第三の範囲に、僕を繰り入れている。その第三の範囲というのは「労働階級の立場を是認・・・ 有島武郎 「片信」
・・・目に見えない湿気が上からちぎれて落ちて来る。人道の敷瓦や、高架鉄道の礎や、家の壁や、看板なんぞは湿っている。都会がもう目を醒ます。そこにもここにも、寒そうにいじけた、寐の足りないらしい人が人道を馳せ違っている。高架鉄道を汽車がはためいて過ぎ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・正義だの、人道だのということにはおかまいなしに一生懸命儲けなければならぬ。国のためなんて考える暇があるものか!」 かの早くから我々の間に竄入している哲学的虚無主義のごときも、またこの愛国心の一歩だけ進歩したものであることはいうまでもない・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 立花は目よりもまず気を判然と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼を開いた。 なぜなら、今そうやって跪いた体は、神に対し、仏に対して、ものを打・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の実、戦争を予期しての企てに対して、却って、其の正義人道を看板に掲げた底に潜む、資本主義的精・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・彼等のすべてが人道主義者として、また殉教的な敬虔な心の持主として、人生のために戦うに至るのもこれあるがためです。 こゝに於て、芸術は畢竟享楽のためでなくして、一個の目的を有さなければならぬことを知ることが出来ます。 私は、この美に向・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・焼跡に暫らく佇んで、やがて新世界の軍艦横丁を抜けて、公園南口から阿倍野橋の方へ広いコンクリートの坂道を登って行くと、阿倍野橋ホテルの向側の人道の隅に人だかりがしていた。広い道を横切って行き、人々の肩の間から覗くと、台の上に円を描いた紙を載せ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・希望も信仰も、また人道とか愛とかいうようなことも解らなかったし、せめてはその亡霊にでも縋ろうと思ったのだ。友だちはそれは酒精中毒からの幻覚というものだったと言ったが、僕にはその幻覚でよかったんさ。で僕は、僕という人間は、結局自分自身の亡霊相・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫