・・・「その河童はだれかに蛙だと言われ、――もちろんあなたも御承知でしょう、この国で蛙だと言われるのは人非人という意味になることぐらいは。――己は蛙かな? 蛙ではないかな? と毎日考えているうちにとうとう死んでしまったものです。」「それは・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ わたしはそれほど恩義を知らぬ、人非人のように見えるでしょうか? わたしはそれほど、――」「それほど愚かとは思わなかった。」 御主人はまた前のように、にこにこ御笑いになりました。「お前がこの島に止まっていれば、姫の安否を知らせる・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・さっちゃん、ごらん、ここに僕のことを、人非人なんて書いていますよ。違うよねえ。僕は今だから言うけれども、去年の暮にね、ここから五千円持って出たのは、さっちゃんと坊やに、あのお金で久し振りのいいお正月をさせたかったからです。人非人でないから、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・もとより郷里の事情も知らぬではないがあまりに薄情だと思って一時はひどく憤慨し人非人のように罵ってもみた。時にはこれも畢竟妹夫婦があんまり意気地がないから親類までが馬鹿にするのだと独りで怒ってみて、どうでもなるがいいなどと棄鉢な事を考える事も・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・不義理不人情、恩を知らざる人非人なれども、世間に之を咎むるものなきこそ奇怪なれ。左れば広き世の中には随分悪婦人も少なからず、其挙動を見聞して厭う可き者あれども、男性女性相互に比較したらんには、人非人は必ず男子の方に多数なる可し。此辺より見れ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・昔の馬鹿侍が酔狂に路傍の小民を手打にすると同様、情け知らずの人非人として世に擯斥せらる可きが故に、斯る極端の場合は之を除き、全体を概して言えば婚姻法の実際に就き女子に大なる不平はなかる可し。一 父母が女子の為めに配偶者を求むるは至極の便・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・もとより智徳の両者は人間欠くべからざるものにて、智恵あり道徳の心あらざる者は禽獣にひとしく、これを人非人という。また徳義のみを脩めて智恵の働あらざる者は石の地蔵にひとしく、これまた人にして人にあらざる者なり。 両者のともに欠くべからざる・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
出典:青空文庫