・・・僕等の間では、今に菊池は町会議員に選挙されはしないかという噂さえある。 今まで話したような事柄から菊池には、菊池の境涯がちゃんと出来上がっているという気がする。そうして、その境涯は、可也僕には羨ましい境涯である。若し、多岐多端の現代に純・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・ 十三「ねえ、今に内の人が帰ったら、菜のものを分けてお貰い、そうすりゃ叱られはしないからね。何だか、今日は寂しくッて、心細くッてならないから、もうちっと、遊んで行っておくれ、ねえ、お浜、もうお父さんがお帰りだね。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・(今に火事がありますから、早く家へお帰んなさい、先生にそう云って。でも学校の教師さん、そんな事がありますかッて肯きなさらないかも知れません。黙ってずんずん帰って可うござんす。怪我には替えられません。けれども、後で叱られると不可ませんから・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ながらの下劣性あるにあらず、彼等の誤信と怠慢とは、今日の不幸を招いだので時に自ら恥ずる感あるべきも、始め神の恵みを疎にして、下劣界に迷入せる彼等は、品性ある趣味に対すれば、却て苦痛を感ずる迄に堕落し、今に於て悔ゆるも如何とも致し難き感あるに・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
ナロードニーキ社会主義運動の精神を、私達は、今に於てなつかしまざるを得ない。真実を至上とし、行動を良心の上に置いたからである。彼等は、正義のため、全く自己を犠牲にして惜しまなかった。 私達は、この精神に即してのみ社会運動の意義を見・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・「いや、今に戯曲も書くよ」と答えたが、その実、素人劇の脚本を昨年頼まれて書き演出もした。満更でもないと思った。いろいろ楽みで、なかなか死ねないと思う。 織田作之助 「わが文学修業」
・・・巡査が切符を買って乗せてやるって、だから誰かに言っちゃいけないって……今にここへ来て買ってやるから待っておれって」 小僧はこう言ったが、いかにもそわそわしていて、耕吉の傍から離れたい風だったので、「そうか、それはよかった。……これでパン・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・これから暖くなるのです。今に楽になりますよ、成る丈け安静にして居なさい」 これは毎日おきまりの様に聞く言葉でした。そして、医師は病人の苦しんでいるのを見かねて注射をします。再びまた氷で心臓を冷すことになりました。 その頃から、兄を呼・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・『今に見ろ、あの鹿を打ってみせるから。』『だって逃げてしまったからだめだ。』『どこへ逃げられるものか、山のむこうの方へもう猟師が回っているから、』と叔父さんはすこぶる得意であった。 さて叔父さんたちの持ち場も定まって、今井の・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 彼は故郷への思慕のあまり、五十町もある岨峻をよじて、東の方雲の彼方に、房州の浜辺を髣髴しては父母の墓を遙拝して、涙を流した。今に身延山に思恩閣として遺跡がある。「父母は今初めて事あらたに申すべきに候はねども、母の御恩の事殊に心肝に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫