・・・そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にす・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・これらも分類的に研究したら面白そうであるが今回は暇がないから略する。とにかく一方では遁世守愚をすすめながらも、また一方では知識というものの効能を高く買っていることがよくわかる。第五十一段の水車の失敗は先日の駆逐艦進水式の出来損ねを思い出させ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・新聞の報ずるところによると幸いに当局でもこの点に注意してこの際各種建築被害の比較的研究を徹底的に遂行することになったらしいから、今回の苦い経験がむだになるような事は万に一つもあるまいと思うが、しかしこれは決して当局者だけに任すべき問題ではな・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 今回の函館の大火はいかにして成立し得たか、これについていくらかでも正鵠に近い考察をするためには今のところ信ずべき資料があまりに僅少である。新聞記事は例によってまちまちであって、感傷をそそる情的資料は豊富でも考察に必要な正確な物的資料は・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・事は、たいてい、ドイツあたりの学術雑誌を通して間接に見るだけであるが、科学の国としてのロシアの独立なる存在は、かの国の国是の変わった今日でもなおわれわれの目にはあまり濃厚な影を宿さなかったのであるが、今回の突然なシビリアコフ号の太平洋出現は・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・それはある会合の席でプランクトンの調査に関する講演を聞いた時、「今回のわれわれの調査はまだ単に量的であって質的の点までは進んでいない」という言葉を聞いて愕然として驚いたのであった。物理学者にはいつでも最初が質的で次に量的が来るのに、ここでは・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・その内に、今回の事は君がモラル・バックボーンを有している証拠になるから目出たいという句が見えた。モラル・バックボーンという何でもない英語を翻訳すると、徳義的脊髄という新奇でかつ趣のある字面が出来る。余の行為がこの有用な新熟語に価するかどうか・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・伝え聞く、箱館の五稜郭開城のとき、総督榎本氏より部下に内意を伝えて共に降参せんことを勧告せしに、一部分の人はこれを聞て大に怒り、元来今回の挙は戦勝を期したるにあらず、ただ武門の習として一死以て二百五十年の恩に報るのみ、総督もし生を欲せば出で・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・これまでまことに女らしく父の命のままに行動した娘に、今回も父が期待していたことは、彼女の無事な脱出と身の平安とやがて輝くような美貌によって三度目の縁につくこと、そのことで父の利益を守ることであったろう。しかし、その麗しくまた賢い心の夫人の苦・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫