いまがわかなもくろく【今川仮名目録】
戦国大名今川氏の家法。大永6年(1526)今川氏親 (うじちか) が制定した「仮名目録」33か条と、天文22年(1553)その子義元が制定した「仮名目録追加」21か条を合わせていう。東国最古の分国法。
いまがわじょう【今川状】
今川了俊 (いまがわりょうしゅん) が弟の仲秋に与えた家訓。23か条の道徳訓で、江戸時代、子供の手習い本、修身書とされた。今川壁書。
いまがわよしもと【今川義元】
[1519〜1560]戦国時代の武将。駿河・遠江 (とおとうみ) ・三河を支配。京都へ進出の途中、桶狭間 (おけはざま) で織田信長勢に急襲され敗死。
いまがわりょうしゅん【今川了俊】
[1326〜1420]南北朝時代の武将・歌学者。名は貞世。伊予守。遠江 (とおとうみ) 守護。足利義詮 (あしかがよしあきら) に仕え、幕府の引付頭人 (ひきつけとうにん) を経て応安4年(1371)九州探題となり、九州の南朝方を制圧。その後、足利氏満との共謀の疑いを受け引退。和歌・連歌にすぐれた。著「難太平記」「今川大双紙」など。