・・・ 一番槍の功名を拙者が仕る、進軍だ進軍だ』とわめいて真っ先に飛び出した。僕もすぐその後に続いた。あだかも従卒のように。 爪先あがりの小径を斜めに、山の尾を横ぎって登ると、登りつめたところがつの字崎の背の一部になっていて左右が海である、そ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・考えるに、武術は同胞に対して実行すべきものに非ず、弓箭は遠く海のあなたに飛ばざるべからず、老生も更に心魂を練り直し、隣人を憎まず、さげすまず、白氏の所謂、残燈滅して又明らかの希望を以て武術の妙訣を感得仕るよう不断精進の所存に御座候えば、卿等・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 茶の湯も何も要らぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕の水を柄杓もてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。 というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・死亡承諾書、私儀永々御恩顧の次第に有之候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候年月日フランドン畜舎内、ヨークシャイヤ、フランドン農学校長殿 とこれだけのことだがね、」校長はもう云い出したので、一瀉千里にまくしかけた。「つまりお前はど・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 京子の来るまでの三日は何にも仕る事が無い様な顔をしてやたらに待ちあぐんだ。 もう今日あたりはほんとうに来て呉れるんですよ、昨日だって待ちぼけなんですもの。 母親に独言の様に云ったりした。 その日の夜千世子は何となし・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫