・・・わたしは下宿へ帰らずにとりあえずMと云う家へ出かけ、十号ぐらいの人物を仕上げるためにモデルを一人雇うことにした。こう云う決心は憂鬱の中にも久しぶりにわたしを元気にした。「この画さえ仕上げれば死んでも善い。」――そんな気も実際したものだった。・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・の一部分を百枚くらいの小説に仕上げる事なのです。私にとっては、はじめての「私小説」で無い小説ですが、けれども、やっぱり他人の事は書けません。自分の周囲の事を書いているのです。いままでの小説の形式に行きづまって、うんざりして、やっとこんな冒険・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・に張り合いのあった事でしょう、あなたに、もうすこし誠実というものがあったならば、僕だって、あなたを寺田まさ子さんくらいには仕上げて見せます、いや、あなたは環境にめぐまれてもいるし、もっと大きな文章家に仕上げる事が出来るのです、僕は、寺田まさ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッチのペーパーや活字の断片がそのままに眼につくうちはまだ改良の余地はある。 ラスキンをほう・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・学者がその仕事を「仕上げる」には長い月日を要するのは普通であるが、仕事をつかまえ、「仕留める」のにはやはり電光石火の空中曲技が必要な場合が多いように思われる。たとえば実験的科学の研究者がその研究の対象とする物象に直面している際には、ちょうど・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 仕上がるという事のない自然の対象を捕えて絵を仕上げるという事ができるとすれば、そこには何か手品の種がある。いったい顔ばかりでなく、静物でもなんでも、あまり輪郭をはっきりかくと絵が堅すぎてかえって実感がなくなるようである。たとえばのうぜ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・するとその人を先ず土台にしてタイプに仕上げる。勿論、その人の個性はあるが、それは捨てて了って、その人を純化してタイプにして行くと、タイプはノーションじゃなくて、具体的のものだから、それ、最初の目的が達せられるという訳だ。この意味からだと『浮・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・本当に男らしいものは、自分の仕事を立派に仕上げることをよろこぶ。決して自分が出来ないからって人をねたんだり、出来たからって出来ない人を見くびったりさない。お前もそう怒らなくてもいい。」 又三郎もよろこんで笑いました。それから一寸立ち上っ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・しかし、左翼作家のすべてがそのような大主題を、解放史の全局面から把握し、而も素晴らしい新手法で芸術品に仕上げる程の才能をもって生れているとは云えない。ファジェーエフの「壊滅」、ショーロホフの「静かなドン」などはよい作品だが、国内戦は局部的に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫