・・・私は、十九の恋人のようにそっと眼の隅から、お前を見思い切れずに 再 見なおし終には 牽かれて その前に腰を下して仕舞う。あかず眺め、眺め心は故郷に戻ったような安息を覚えるのだ。ああ、わが愛らしい原稿紙いつ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 年をとるのがいやだと云うわけでもないけれど、何にも出来ないで、只わやわやと七日位たって仕舞うのがいやになった。 別に学者振るわけでは勿論ないけれ共、ふだん割合に自由な時間を少しほか持たない私は、一日でも、二日でも、勝手にすごされる・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・が、その大きく力強い濤が、勇ましく打寄せて、或程度まで落付いて仕舞うまで、私は口を緘んで、じっと自分の魂の発育を見守って居たのでございます。 家を離れて来てから、時間としては、まだ僅か半年位ほか経っては居りません。 けれども、海を境・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 何でも物が、あまり端的な売買関係にあると、全く人間的感興の欠けたものとなって仕舞う通り、「家」と云うものに対する我々の心持も、あまり、コムマアシャリズムに堕したくないものと思います。 家を建てさせる丈の金はある。さあ、と云って、商・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・英語に直訳すれば、まるで何だかよそよそしい、卑屈な響になって仕舞うが、日本の女性が良人を、「宅の主人」と呼ぶのは、決して、奴僕が雇主を指して云うような感情を持ってはいない。丁度、英語を喋る国の女が、自分の良人を第三者に対して話す時には、ミス・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。 千世子は元の場所から動こうともしないで柿羊羹の箱を見ながら取りとめもない事を考えて居た。 斯うして女中と二人きりで暮して居・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・行ったり、息を切らして下らない、「お馬鹿三太郎だの何だのと云っては兄達をおっかけて運動は充分つきますけれ共、草が奇麗だと大して思うでもなくワアワアと帰る頃にはヘトヘトになって、不機嫌で仕舞うのがおきまりです。 決して今日・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・彼程、お前の愛す者なら、良人として何人も認めると云われはしても、若し、母上の撰択のみに従い、母上の批評にのみよって居たら、恐らく自分の一生は、単に彼女の誇るべきY子にのみ終始して仕舞うのだろうとさえ思った。 其時分、自分は、親の愛と云う・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・』と思ったっていいかげんまで行けば立ち消えがして仕舞うし何かに刺撃されてもいいかげんまでほか行きませんからねえ。 すべてが小さくかたまって仕舞うんです。 自分でつとめても出来ませんよ、 極端に走る人がつとめていいかげんにする事は・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 御昼飯を仕舞うとすぐ千世子は銘仙の着物に爪皮の掛った下駄を履いてせかせかした気持で新橋へ行った。 西洋洗濯から来て初めての足袋が「ほこり」でいつとはなしに茶色っぽくなるのを気にしながら石段を上るとすぐわきに、時間表を仰向いて見て居・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫