・・・ それでは御免蒙って、私は一膳遣附けるぜ。鍋の底はじりじりいう、昨夜から気を揉んで酒の虫は揉殺したが、矢鱈無性に腹が空いた。」と立ったり、居たり、歩行いたり、果は胡坐かいて能代の膳の低いのを、毛脛へ引挟むがごとくにして、紫蘇の実に糖蝦の・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「貸しなよ、もう一服吸附けるんだ。」「燐寸を上げまさあね。」「味が違います……酔覚めの煙草は蝋燭の火で喫むと極ったもんだ。……だが……心意気があるなら、鼻紙を引裂いて、行燈の火を燃して取って、長羅宇でつけてくれるか。」 と中・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・なぜ茱萸を投附ける。宮浜。」 と声を揚げた。廊下をばらばらと赤く飛ぶのを、浪吉が茱萸を擲つと一目見たのは、矢を射るごとく窓硝子を映す火の粉であった。 途端に十二時、鈴を打つのが、ブンブンと風に響くや、一つずつ十二ヶ所、一時に起る摺半・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・今でこそ写楽々々と猫も杓子も我が物顔に感嘆するが、外国人が折紙を附けるまでは日本人はかなりな浮世絵好きでも写楽の写の字も知らなかったものだ。その通りに椿岳の画も外国人が買出してから俄に市価を生じ、日本人はあたかも魔術者の杖が石を化して金とす・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 今考えると、ステップニャツクと二葉亭とを結び付けるというは奇妙であるが、その時は同型でなくとも何処かに遠い親類ぐらいの共通点があるように思っていた。ステップニャツクの肖像や伝記はその時分まだ知らなかったが、精悍剛愎の気象が満身に張切っ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・公正にして、純情な子供の心に、階級的な観念を植付けるものは、その親達でありました。中には小さな利己的な潔癖から、自分の家へ友達を呼んで来るのを厭うような母親もあるが、そうしたことが、子供をして将来、個人主義者たらしめたり、会社へ出ても、他と・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 差さるる盃を女は黙って受けたが、一口附けると下に置いて、口元を襦袢の袖で拭いながら、「金さん、一つ相談があるが聞いておくれでないか?」「ひどく改まったね。何だい、相談てえのは?」「ほかではないがね、お前さんに一人お上さんを取り・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・日が照付けるぞ。と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ、見覚があるぞ。矢張彼の男だ…… 現在俺の手に掛けた男が眼の前に踏反ッているのだ。何の恨が有っておれは・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・大丈夫私は気を附けるが、お徳さんも盗られそうなものは少時でも戸外に放棄って置かんようになさいよ」「私はまアそんなことは仕ない積りだが、それでも、ツイ忘れることが有るからね、お前さんも屑屋なんかに気を附けておくれよ。木戸から入るにゃ是非お・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・後には進歩して、その鯨の鬚の上へ鈴なんぞを附けるようになり、脈鈴と申すようになりました。脈鈴は今も用いられています。しかし今では川の様子が全く異いまして、大川の釣は全部なくなり、ケイズの脈釣なんぞというものは何方も御承知ないようになりました・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫