・・・偶、その仙人に遇ったと云う事を疑う者があれば、彼は、その時、老人に書いて貰った、四句の語を出して示すのである。この話を、久しい以前に、何かの本で見た作者は、遺憾ながら、それを、文字通りに記憶していない。そこで、大意を支那のものを翻訳したらし・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」 番頭は呆気にとられたように、しばらくは口も利かずにいました。「番頭さん。聞えませんか? 私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」「まことに御気・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい」 老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 書生はこういう言葉と一しょに、この美しい隣の女が仙人だったことに気づきました。しかしもうその時には、何か神々しい彼女の姿は忽ちどこかへ消えてしまいました。うらうらと春の日の照り渡った中に木樵りの爺さんを残したまま。……――昭和二年・・・ 芥川竜之介 「女仙」
・・・融通のきかないのをいいことにして仙人ぶってるおまえたちとは少し違うんだから。……ところで九頭竜が大部頭を縦にかしげ始めた。まあ来てごらんなさいといったら、それではすぐ上がりますといった。……ところで、これからがほんとうの計略になるんだが、…・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・瞬間に人間の運命を照らす、仙人の黒き符のごとき電信の文字を司ろうと思うのです。 が、辞令も革鞄に封じました。受持の室の扉を開けるにも、鍵がなければなりません。 鍵は棄てたんです。 令嬢の袖の奥へ魂は納めました。 誓って私は革・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・早地峰の高仙人、願くは木の葉の褌を緊一番せよ。 さりながらかかる太平楽を並ぶるも、山の手ながら東京に棲むおかげなり。奥州……花巻より十余里の路上には、立場三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・粂の仙人を倒だ、その白さったら、と消防夫らしい若い奴は怪しからん事を。――そこへ、両手で空を掴んで煙を掻分けるように、火事じゃ、と駆つけた居士が、(やあ、お谷、軒をそれ火が嘗と太鼓ぬけに上って、二階へ出て、縁に倒れたのを、――その時やっと女・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ この時、久米の仙人を思出して、苦笑をしないものは、われらの中に多くはあるまい。 仁王の草鞋の船を落ちて、樹島は腰の土を払って立った。面はいつの間にか伸びている。「失礼ですが、ちょっと伺います――旅のものですが。」「は、」・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
火遁巻 千曲川に河童が棲んでいた昔の話である。 この河童の尻が、数え年二百歳か三百歳という未だうら若い青さに痩せていた頃、嘘八百と出鱈目仙人で狐狸かためた新手村では、信州にかくれもなき怪しげな年中行事が行われ、毎年大晦日の夜・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
出典:青空文庫