・・・そして、せっかく寄ったのだから汲ませていただきますと言って、汲み取った下肥えの代りに私を置いて行ったそうです。 汲み取った下肥えの代りに……とは、うっかり口がすべった洒落みたいなものですが、ここらが親譲りというのでしょう。父は疑っていた・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「がその代り、注意人物が沢山居る。第一君なんか初めとしてね……」「馬鹿云っちゃ困るよ。僕なんかそりゃ健全なもんさ。唯貧乏してるというだけだよ。尤も君なんかの所謂警察眼なるものから見たら、何でもそう見えるんか知らんがね、これでも君、幾・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その代りいつでもにこにこしている。おそらくこれが人の好い聾の態度とでもいうのだろう。だから商売は細君まかせである。細君は醜い女であるがしっかり者である。やはりお人好のお婆さんと二人でせっせと盆に生漆を塗り戸棚へしまい込む。なにも知らない温泉・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・に裏の田んぼで雁をつる約束がしてあったのです、ところがその晩、おッ母アと樋口は某坂の町に買い物があるとて出てゆき、政法の二人は校堂でやる生徒仲間の演説会にゆき、木村は祈祷会にゆき、家に残ったのは、下女代わりに来ている親類の娘と、四郎と私だけ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・いっぱいに拡がった鼻の孔は、凍った空気をかみ殺すように吸いこみ、それから、その代りに、もうもうと蒸気を吐き出した。 彼は、屈辱と憤怒に背が焦げそうだった。それを、やっと我慢して押しこらえていた。そして、本部の方へ大股に歩いて行った。……・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ そういう訳で銘々勝手な本を読みますから、先生は随分うるさいのですが、其の代り銘々が自家でもって十分苦しんで読んで、字が分らなければ字引を引き、意味が取れなければ再思三考するというように勉強した揚句に、いよいよ分らないというところだけを・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・その代り今度来たら話す」「――もう来ないよ。その手に乗るもんか」 女は女体を振っておおげさに笑った。龍介は不快になった。そして女が酒を飲んだりしているのをだまって腰をかけたまま見下していた。首にぬってあるお白粉がむらになって、かえっ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・すると、お徳がまた娘の代わりに立って来て、「築地へは行きたいし、どうしても洋服は着たくないし……」 それが娘の心持ちだった。その時、お徳はこんなこともつけたして言った。「よくよく末子さんも、あの洋服がいやになったと見えますよ。も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・――その代り宿屋なんぞのないということははじめから承知の上なんでしたけれど、さあ、船から上ってそこらの家へ頼んでみると、はたしてみんな断ってしまうでしょう。困ったんですよ」 婦人は微笑む。「それでしかたがないもんだから、とうとのこの・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫