・・・その代り近いうちに填合せをしようと云うのである。相手はこんな言いわけをして置いて、弦を離れた矢のように駆け出した。素足で街道のぬかるみを駆けるので、ぴちゃぴちゃ音がした。 その時ツァウォツキイは台所で使う刃物を出した。そしてフランチェン・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映に輝く程強く彼の肩を揺すって笑い出した。 ネーにはナポレオンのこの奇怪な哄笑の心理がわからなかった。ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・従って多くを示唆する少ない語の代わりに、少なくを説明しようとする多くの語がある。しかも熱に浮かされた自分にはその空虚が充溢に見えるのである。 大業にし過ぎるということは若い者にあり勝ちの欠点かも知れない。重大事を重大事として扱うのに不思・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫