・・・水が飲みたいんで水瓶の水を取ろうとして、出血の甚しかったんを知り、『とても生きて帰ることが出来んなら、いッそ戦線に於て死にます』云うたら、『じゃア、お前の勝手に任す』云うて、その兵はいずれかへ去った。この際、外に看護してくれるものはなかった・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・の訓 飄零枉げて受く美人の憐み 宝刀一口良価を求む 貞石三生宿縁を証す 未だ必ずしも世間偉士無からざるも 君が忠孝の双全を得るに輸す 浜路一陣のこうふう送春を断す 名花空しく路傍の塵に委す 雲鬟影を吹いて緑地に粘す 血雨声無・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・他人の手に子供を委すべく余儀なくされても、母たるの自覚を失ってはならぬ。姿が見えると否とにかゝわらず子供の心は常に母親と共にあるのであるから、仕事を第一とし、子供を第二とするようなことがあってはならぬのであります。世には、我が子が、病気の時・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・死者は、よろしく、愁草や青白い花に委すべきである。若し、その人を忘れずに、記念せんとならばその人が、生前に為しつゝあった思想や、業に対して、惜しみ、愛護し、伝うべきであると。 まことに、詩人たり、思想家たる人の言葉にふさわしい。 誰・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・ 二 私はそのころ下宿屋住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。 田口というは昔の家老職、城山の下に立派な屋・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ると幸いに当局でもこの点に注意してこの際各種建築被害の比較的研究を徹底的に遂行することになったらしいから、今回の苦い経験がむだになるような事は万に一つもあるまいと思うが、しかしこれは決して当局者だけに任すべき問題ではなく国民全体が日常めいめ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・決して物ずきな少数学者の気まぐれな研究に任すべき性質のものでなく、消防吏員や保険会社の統計係の手にゆだねてそれで安心していられるようなものでもなく、国家の一機関として統制された研究所の研究室において徹底的系統的に研究さるべきものではないかと・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・手術をすれば、たぶん癒るであろうが、青木の親たちは、手術は惨いから忍びないと言って、成行に委すことにしたのであった。 姉の口ぶりがひどく感傷的になってきたので、道太は妙な感じがした。「それに話しがちがうとか支度がないとか言って、この・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・これまた各自の見るところに任すより外はない。 わたしは筆を中途に捨てたわが長編小説中のモデルを、しばしば帝国劇場に演ぜられた西洋オペラまたはコンセールの聴衆の中に索めようと力めた。また有楽座に開演せられる翻訳劇の観客に対しては特に精細な・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。 学者が政権・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫