・・・それも、大将とか、大佐とかいうものなら、立派な金鵄勲章をひけらかして、威張って澄ましてもおられよけど、ただの岡見伍長ではないか? こないな意気地なしになって、世の中に生きながらえとるくらいなら、いッそ、あの時、六カ月間も生死不明にしられた仲・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・あとで知ったことだが、この在郷軍人会の分会長は伍長上りの大工で、よその分会から点呼を受けに来た者には必ず難癖をつけて撲り飛ばすということであった。なお、この男を分会長にいただいている気の毒な分会員達は二週間の訓練の間、毎日の如く愚劣な、そし・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ と声高に云う声が何処か其処らで…… ぶるぶるとしてハッと気が付くと、隊の伍長のヤーコウレフが黒眼勝の柔しい眼で山査子の間から熟と此方を覗いている光景。「鋤を持ち来い! まだ他に二人おる。こやつも敵ぞ!」という。「鋤は要らん・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 憲兵伍長は、腹立てゝいるようなむずかしい顔で、彼の姓名を呼んだ。彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。「そのまゝこっちへ来い。」 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と、そこへ伍長が、江原を呼びに来た。「何か用事ですか?」江原は不安げに反問した。「何でもいい。そのまま来い!」「どんな用事か、きかなきゃ分らないじゃないですか!」「なにッ! 森口も浜田も来い!」 江原だけでなく五六人が手・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・むっくり半身を起して、物ほしげな顔をするのは凍傷の伍長だった。長く風呂に這入らない不潔な体臭がその伍長は特別にひどかった。 栗本は、負傷した同年兵たちを気の毒がる、そういう時期をいつか通りすぎてしまった。反対に、負傷した者を羨んだ。負傷・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・どうも、この、恋人の兄の軍曹とか伍長とかいうものは、ファウストの昔から、色男にとって甚だ不吉な存在だという事になっている。 その兄が、最近、シベリヤ方面から引揚げて来て、そうして、ケイ子の居間に、頑張っているらしいのである。 田島は・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・な事になるようですが、私はそのヒットラーの写真を拝見しても、全くの無教養、ほとんどまるで床屋の看板の如く、仁丹の広告の如く、われとわが足音を高くする目的のために長靴の踵にこっそり鉛をつめて歩くたぐいの伍長あがりの山師としか思われず、私は、こ・・・ 太宰治 「返事」
・・・「うちの伍長さんだって危いもんだわ」外套のボタンをはずしながら好子が云った。「落着かないわねえ。何万人もが私たちみたいな心持でいるんだと思うと、夜中に目が醒めた時なんかとても変な気がするときがあるわ」 秋ごろ戦死した或る新劇の俳・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・ 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫