・・・そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。 すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。それから・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・小豆を板の上に遠くでころがすような雨の音が朝から晩まで聞えて、それが小休むと湿気を含んだ風が木でも草でも萎ましそうに寒く吹いた。 ある日農場主が函館から来て集会所で寄合うという知らせが組長から廻って来た。仁右衛門はそんな事には頓着なく朝・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ しかし今でもこの町に行く人があれば春でも夏でも秋でも冬でもちょうど日がくれて仕事が済む時、灯がついて夕炊のけむりが家々から立ち上る時、すべてのものが楽しく休むその時にお寺の高い塔の上から澄んだすずしい鐘の音が聞こえて鬼であれ魔であれ、・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・「ぬしがあっても、夜の旅じゃ、休むものに極っていますよ。」「しかし、なかに、どんなものか置いてでもあると、それだとね。」「御本尊のいらっしゃる、堂、祠へだって入りましょう。……人間同士、構やしません。いえ、そこどころじゃあない、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 毎夜、弁天橋へ最後の船を着けると、後へ引返してかの石碑の前を漕いで、蓬莱橋まで行ってその岸の松の木に纜っておいて上るのが例で、風雨の烈しい晩、休む時はさし措き、年月夜ごとにきっとである。 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・こんな山の中で休むより、畑へ往ってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。 十年許り前に親父が未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・――まア、ざっとこないな話――君の耳も僕の長話の砲声で労れたろから、もう少し飲んで休むことにしよ。まア、飲み給え。」「酌ぎましたよ」と、すすめる細君の酌を受けながら、僕は大分酔った様子らしかった。「君と久し振りで会って、愉快に飲んだ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・けれど、どこにもすばしこい猟犬の鳴き声をきくし、狡猾な人間の銃をかついだ姿を見受けるし、安心して、みんなの休むところがなかったのです。そして、ようやく、この禁猟区の中のこの池を見いだしたというようなわけです。」と、老いたるがんに向かって、い・・・ 小川未明 「がん」
・・・渋温泉に来た客は、此の地獄谷へ来るものはあっても、稀にしか崖を上って此の茶屋で休むものはなかろう。其の少ない客を頼りに此の茶屋は生活しているとしたら不安であると思われた。 都会の中心に生活している人と、斯様寂しい、わびしい生活をつゞけて・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・そして、休む暇もなく愛嬌を振りまいている。その横に「めをとぜんざい」と書いた大きな提灯がぶら下っている。 はいって、ぜんざいを注文すると、薄っぺらな茶碗に盛って、二杯ずつ運んで来る。二杯で一組になっている。それを夫婦と名づけたところに、・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫