・・・ちょうど花見時で、おまけに日曜、祭日と紋日が続いて店を休むわけに行かず、てん手古舞いしながら二日商売をしたものの、蝶子はもう慾など出している気にもなれず、おまけに忙しいのと心配とで体が言うことを利かず、三日目はとうとう店を閉めた。その夜更く・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いつも都会に住み慣れ、ことに最近は心の休む隙もなかった後で、彼はなおさらこの静けさの中でうやうやしくなった。道を歩くのにもできるだけ疲れないように心掛ける。棘一つ立てないようにしよう。指一本詰めないようにしよう。ほんの些細なことがその日の幸・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・私はその娘の家のぐるりを歩いてはその下のベンチで休むのがきまりになっていました。(私の美に対する情熱が娘に対する情熱と胎を共にした双生児だったことが確かに信じられる今、私は窃盗に近いこと詐欺に等しいことをまだ年少だった自分がその末犯した・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ここらはゆッくり休むところもなくっていけませんな。と辰弥もついにまたの折を期しぬ。道すがらも辰弥はさまざまに話しかけしが、光代はただかたばかりの返事のみして、深くは心を留めぬさまなり。見るから辰弥も気に染まず、さすが思いに沈むもののごとし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・出がけに文公を揺り起こして、「オイちょっと起きねえ、これから、おいらは仕事に出るが、兄きは一日休むがいい。飯もたいてあるからナア、イイカ留守を頼んだよ。」 文公は不意に起こされたので、驚いて起き上がりかけたのを弁公が止めたので、また・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 道は随分暑かッたが森へ来て少し休むと薄暗い奥の方から冷たい風が吹いて来ていい心持になった、青葉の影の透きとおるような光を仰いで身体を横に足を草の上に投げ出してじっと向こうを見ていると、何という静かな美しい、のびのびした景色だろう! 僕・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物を考えるひまがない。工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げがある。馘首がある。地主の小作料の引上げや、立入禁止、又も差押えがある。労働者は、働いても食うこと・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・…………休むひまに、道具の名前一つでも覚えるようにせい!」 仁助は、片隅でぐったりしている京一にごつごつ云った。 冬の寒い日だった。井戸端の氷は朝から、そのまま解けずにかたまっていた。仕事をしていても手は凍てつきそうだった。タバ・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・疲れた時には舟の小縁へ持って行って錐を立てて、その錐の上に鯨の鬚を据えて、その鬚に持たせた岐に綸をくいこませて休む。これを「いとかけ」と申しました。後には進歩して、その鯨の鬚の上へ鈴なんぞを附けるようになり、脈鈴と申すようになりました。脈鈴・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「ナニ、一日位休むサ」「そんなことをしても可いんですか、会社の方は」「構わないよ」「じゃあ、そうしようかね。明日は御邪魔になりに伺うとしよう。久し振で僕も出て来たものだから、電車に乗っても、君、さっぱり方角が解らない。小川町・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫