・・・それなら、ほんとの休息なんてないわけですね。なまけてはいないのです。風呂にはいっているときでも、爪を切っているときでも。」「まあ。だからいたわってやれとおっしゃるの?」 僕には、それが相当むきな調子に聞えたので、いくぶんせせら笑いの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・静かな処に入って寝たい、休息したい。 闇の路が長く続く。ところどころに兵士が群れを成している。ふと豊橋の兵営を憶い出した。酒保に行って隠れてよく酒を飲んだ。酒を飲んで、軍曹をなぐって、重営倉に処せられたことがあった。路がいかにも遠い。行・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 第一日には頂上までの五分の一だけ登って引返し、第二日目は休息、第三日は五分の二までで引返し、第四日休息、アンド・ソー・オン。そうして第八日第九日目を十分に休養した後に最後の第十日目に一気に頂上まで登る、という、こういうプランで遂行すれ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・北方の大阪から神戸兵庫を経て、須磨の海岸あたりにまで延長していっている阪神の市民に、温和で健やかな空気と、青々した山や海の眺めと、新鮮な食料とで、彼らの休息と慰安を与える新しい住宅地の一つであった。 桂三郎は、私の兄の養子であったが、三・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・けれどもまあ不入りだろうと考えながら控席へ入って休息していると、いつの間にやらこんなに人が集って来た。この講堂にかくまでつめかけられた人数の景況から推すと堺と云う所はけっして吝な所ではない、偉い所に違いない。市中があれほどヒッソリしているに・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・浅草公園の隅のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、彼は支那人と賭博をしていた。支那人はみんな兵隊だった。どれも辮髪を背・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・そして永久に休息しようとしている。この哀れな私の同胞に対して、今まで此室に入って来た者共が、どんな残忍なことをしたか、どんな陋劣な恥ずべき行をしたか、それを聞こうとした。そしてそれ等の振舞が呪わるべきであることを語って、私は自分の善良なる性・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・衣服を着せ寒暑昼夜の注意心配、他人の知らぬ所に苦労多く、身体も為めに瘠せ衰うる程の次第なれば、父たる者は其苦労を分ち、仮令い戸外の業務あるも事情の許す限りは時を偸んで小児の養育に助力し、暫くにても妻を休息せしむ可し。世間或は人目を憚りて態と・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・という格言を一分も忘れない企業家の利益のために使われていることの人間らしくなさに苦しんで、アメリカの労働者は、はじめてのメーデーに八時間の労働、八時間の休息、八時間の教育というスローガンをかかげたのであった。 労働時間のことは、労働組合・・・ 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・帰って休息いたせ」 竹内数馬の幼い娘には養子をさせて家督相続を許されたが、この家はのちに絶えた。高見権右衛門は三百石、千場作兵衛、野村庄兵衛は各五十石の加増を受けた。柄本又七郎へは米田監物が承って組頭谷内蔵之允を使者にやって、賞詞が・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫