・・・――病院の下の木造家屋の中から、休職大佐の娘の腕をとって、五体の大きいメリケン兵が、扉を押しのけて歩きだした。十六歳になったばかりの娘は、せいも、身体のはゞも、メリケン兵の半分くらいしかなかった。太い、しっかりした腕に、娘はぶら下って、ちょ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・東京の医師に診てもらうために出て来て私のうちで数日滞在してから、任地近くの海岸へしばらく療養に行っていたが、どうもはかばかしくないので、学校を休職して郷里の浜べに二年余り暮らした。天気がいいと油絵のスケッチに出たりしていたようである。ほんと・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・主人苦沙弥先生も今頃は休職か、免職になったかも知れぬ。世の中は猫の目玉の様にぐるぐる廻転している。僅か数カ月のうちに往生するのも出来る。月給を棒に振るものも出来る。暮も過ぎ正月も過ぎ、花も散って、また若葉の時節となった。是からどの位廻転する・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』下篇自序」
・・・ 休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」と涙をこぼして居た。 千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、「何より御目出・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
出典:青空文庫