・・・何さま、悪く放免の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭うかも知れませぬ。「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。何しろ、人はいないとばかり思っていた所でご・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・初めのうちは青い道を行ってもすぐ赤い道に衝当たるし、赤い道を辿っても青い道に出遇うし、欲張って踏み跨がって二つの道を行くこともできる。しかしながら行けども行けども他の道に出遇いかねる淋しさや、己れの道のいずれであるべきかを定めあぐむ悲しさが・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・「どうして貴方に逢うまで、お飯が咽喉へ入るもんですか。」「まあ……」 黙ってしばらくして、「さあ。」 手を中へ差入れた、紙包を密と取って、その指が搦む、手と手を二人。 隔の襖は裏表、両方の肩で圧されて、すらすらと三寸・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむず・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
十年振りの会飲に、友人と僕とは気持ちよく酔った。戦争の時も出征して負傷したとは聴いていたが、会う機会を得なかったので、ようよう僕の方から、今度旅行の途次に、訪ねて行ったのだ。話がはずんで出征当時のことになった。「今の僕なら、君」と・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 鴎外は人に会うのが嫌いで能く玄関払いを喰わしたという噂がある。晩年の鴎外とは疎縁であったから知らないが、若い頃の鴎外はむしろ客の来るのを喜んで、鴎外の書斎はイツモお客で賑わった。 私が最も頻繁に訪問したのは花園町から太田の原の千駄・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・それゆえにヤコブのように、われわれの出遭う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。 まことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免を・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・私がその風に遇うか何うか分らないが、遇ったら言伝をいたしましょう。」と言って、その風も何処へとなく、去ってしまいました。 海は、灰色に静かに眠っていました。そして、雪は風と戦って、砕けたり飛んだりしていました。 こうしてじっとしてい・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・私はその人を命の恩人と思い、今は行方は判らぬが、もしめぐり会うことがあれば、この貯金通帳をそっくり上げようと名義も秋山にして、毎月十日に一円ずつ入れることにしたのです。十日にしたのはあの中之島公園の夜が八月十日だったのと、私の名が十吉だった・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・だから吉田の頭には地震とか火事とか一生に一度遭うか二度遭うかというようなものまでが真剣に写っているのだった。また吉田がこの状態を続けてゆくというのには絶えない努力感の緊張が必要であって、もしその綱渡りのような努力になにか不安の影が射せばたち・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫