・・・男子が如何に戸外に経営して如何に成功するも、内を司どる婦人が暗愚無智なれば家は常に紊乱して家を成さず、幸に其主人が之を弥縫して大破裂に及ばざることあるも、主人早世などの大不幸に遭うときは、子女の不取締、財産の不始末、一朝にして大家の滅亡を告・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・二人は内々恋で逢う心持をしていましたのね。本当にあの時は楽しい時でございました事。わたくし今だから打明けて申しますが、あの時が私の一生で一番楽しい時でございましたの。あの時の事をまだ覚えていらっしゃって。あなたのいらっしゃる時とお帰りになる・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・荒海の怒に逢うては、世の常の迷も苦も無くなってしまうであろう。己はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・彼がわずかに王政維新の盛典に逢うを得たるはいかばかりうれしかりけむ。慶応四年春、浪華に行幸あるに吾宰相君御供仕たまへる御とも仕まつりに、上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「こんどはいつ会うだろう。」「いつだろうねえ、しかし今年中に、もう二へんぐらいのもんだろう。」「早くいっしょに北へ帰りたいね。」「ああ。」「さっきこどもがひとり死んだな。」「大丈夫だよ。眠ってるんだ。あしたあすこへぼ・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・「今度会うのは何処だやら――地獄か、極楽かね」「私しゃ、どうで地獄さ――生きて地獄、死んでも地獄」 万更出まかせと思えないような調子であった。「…………」 七十と七十六になった老婆は、暫く黙って、秋日に照る松叢を見ていた・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・どういう目に逢うても」こう言いさして三男市太夫は権兵衛の顔を見た。「どういう目に逢うても、兄弟離れ離れに相手にならずに、固まって行こうぞ」「うん」と権兵衛は言ったが、打ち解けた様子もない。権兵衛は弟どもを心にいたわってはいるが、やさしく・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この最中に何とて人に逢う暇が……」 一たびは言い放して見たが、思い直せば夫や聟の身の上も気にかかるのでふたたび言葉を更めて、「さばれ、否、呼び入れよ。すこしく問おうこともあれば」 畏まって下男は起って行くと、入り代って入って来た・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・秋三は山から下ろして来た椚の柴を、出逢う人々に自慢した。 そして、家に着くと、戸口の処に身体の衰えた男の乞食が、一人彼に背を見せて蹲んでいた。「今日は忙しいのでのう、また来やれ。」 彼が柴を担いだまま中へ這入ろうとすると、「・・・ 横光利一 「南北」
・・・好運の時には踏んぞりかえるが、不幸に逢うとしおれてしまう。口先では体裁のよいことをいうが、勘定高いゆえに無慈悲である。また見栄坊であって、何をしても他から非難されまいということが先に立つ。自分の独創を見せたがり、人まねと思われまいという用心・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫