・・・「今顔を洗っています、昨夕中央会堂の慈善音楽会とかに行って遅く帰ったものですから、つい寝坊をしましてね」「インフルエンザは?」「ええありがとう、もうさっぱり……」「何ともないんですか」「ええ風邪はとっくに癒りました」・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・或る晩、皆の者が寝鎮った時、急に本会堂の鐘が鳴り出した。家の者は皆一度に起き上った。半裸体の人々が窓ぎわへ飛んで行って、訊き合っている。『火事かしら?……警鐘のようだが……』 よそでも騒いでいるらしい。扉をどたんばたんと鳴らす音が聞・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・次の日曜日、人々が会堂から出かける所を見ては話した。かれはこの一件を話すがために知らぬ人を呼び止めたほどであった。今はかれも胸をなでた。しかるにまだ何ゆえともわかりかねながらどこかにかれを安からず思わしむるものがある。人々はかれの語るを聴い・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫