・・・環境には何ら科学的の刺戟はなかったが、塩水に卵の浮く話を聞いて喜んで実験したり、機関車二台つけた汽車を見てその効能を考えたりした。伯母に貰った本で火薬の製法を知り、薬屋でその材料を求めて製造にかかっているところを見付かって没収された話もある・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・「今朝は伯母さんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」 シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。「カタン」 うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスは急いでそっちをふり向き・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・どうせ一晩泊りだもん――あっちじゃ伯母さんが来るだろうかねえ」「さあ」「来りゃいいのにね、そうすりゃこの間のことだってあのまんま何てことなくなっちゃっていいんだがね」「来るだろう」 空気枕に頭を押しつけこれ等の会話をききつつ・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・彼らが通過した後には何が残るでしょう。伯母さんたちの消息も全く不明です」と伝えている。 キュリー夫人の不幸な故国ポーランド、しかし愛と誇とによって記念されているポーランド。伯母というのは彼女の愛する姉たちである。スクロドフスキー教授の末・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・×さんは女のひとにいい友達がないからいけないのだろうって仰云って――方々に連れて行っていただいたりするのに×さんがいいだろうって仰云ったのですが、×さんは何だか伯母さんのような気がするから、本当に友達として対せるあなたに書いていただいたので・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 二人の女君は後室の妹君の娘達、二親に分れてからはこの年老いた伯母君を杖より柱よりたよって来て居られるもの、姉君を常盤の君、若やいだ名にもにず、見にくい姿で年は二十ほど、「『誘う水あらば』って云うのはあの方だ」とは口さがない召使のかげ口・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ ロンドンのパウンス伯母は、すぐイボッツフィールドに自身で来、ロザリーをあずかってロンドンで修業させてやることに定めました。インドには、フロラが行くことになりました。家には、ヒルダと長姉のアンナが残ることになったのですが、ロザリーは、そ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ うめは、祖母の横に坐り、上眼づかいで伯母を見上げながら、にっとはにかみ笑いをした。おかっぱで、元禄の被布を着て、うめは器量の悪い娘ではなかったが、誰からも本当に可愛がられることのない娘であった。蒼白い顔色や、変にませた言葉づかいが、育・・・ 宮本百合子 「街」
・・・「宝船じゃ、宝船じゃ。」と云いながら秋三が一人の乞食を連れて這入って来るのが眼に留まった。「やかまし、何じゃ。」と彼女は云った。「伯母やん、結構なもんが着いたぞ、喜びやれ。」 勘次の母は店の間へ出て行って乞食の顔を見た。・・・ 横光利一 「南北」
・・・そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺を置いたランプが数台部屋の隅に並べてあった。その下で、紫や紅の縮緬の袱紗を帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目を見詰めながら、濃茶の泡の耀いている大きな鉢を私の前に運んで来てく・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫